セカンドインパクト
もしかしたらとは思っていたが、そいつはやはり医学部だったようだ。
実習があったらしく、白衣で廊下を歩くそいつを見た。
うちの大学は学力の偏りが著しく――上は医学部、下は経営学部――「さすが医学部」「やっぱり経営学部」という言葉が日常的に使われている。それに不満はあれど、納得してしまっている自分がいていつもやるせない気持ちになる。
月とスッポン、やはり医学部と仲良くなるのは夢のまた夢なのだろうか。
△▽△
そんな俺にもワンチャンあったらしく、基礎科目の講義で医学部と同じ班になった。
教授が医学部を"シウラ"と呼んでいた。苗字なのか名前なのか、どうやって書くのかすらも見当がつかなかった。
なるべくフランクに聞こえるように努め、挨拶をし、隣の席に座った。医学部はそれに猫背をさらに丸して返してきた。
教授の説明が始まってしばらくすると、そいつはいつも通り間抜けな音を立てながらペンを回し始めた。今日はなんだか、いつもよりもぎこちない。教授の説明が始まってから、もう二回も机の上にペンを落としている。むかいの席に座る女子がその音が不快なのかたまにこちらを見ては顔をしかめている。しかし、全く気づいていないようで、まだ下手くそにペンを回している。
こいつはそんなに悪い奴じゃないんだよ…。
なんだか悔しく思えてきて、俺はそいつの脇腹を肘で小突いた。すると、予期せぬ衝撃に驚いたのか、そいつの手からペンがー上空に飛んだ。
ペンが(前の二回に比べて)一際大きな音を立てて、机に叩きつけられる。
そいつはそこで漸く前方に女子が不快そうにしていることに気づいたのか、いそいそと手を引っ込めた。
でっかい身体が、少し小さくなって、俺は小さく吹き出した。
「お前、面白すぎ。」
「え?」
医学部は少しかなり驚いていて、何が、と顔に書いてあった。
「うるせえよ。」
ペンを指差しながら笑うと、少し赤くなりながら「悪い」と返された。
△▽△
俺たちのグループは全員で4人。簡単に自己紹介をして、レポートにメンバーの名前を書くために、漢字を聞きあった。
医学部の名前は士浦 正宗というらしい。
「士浦はさ、地元?あんま聞かない苗字だけど。」
「いや、俺は熊本。」
「は?まじか!九州男児か。九州男か!!」
「あー、いや、まぁ、そうなる。けど、何?」
「お前知ってっか?九州男は合コン受けめっちゃいいぞ。」
「知らない。」
士浦は怪訝そうにしたり、少しだけ目を細めたり(恐らく笑ってる)、斜め後ろから見たこともない表情をしていた。
これは、仲良さげではないか?なんだ、凄く嬉しい。
すると、士浦は遠慮がちに自分の耳たぶを親指と人差し指でそっと触れながら「それって痛くなかったの」と聞いてきた。
俺もそいつに倣って、右の耳たぶにそっと手を近づけると、お気に入りのストーンのピアスに触れた。
一見してプライドが高そうに見える分、その臆病な発言がなんだかやけ可愛く思えた。
ーーこのグループは前期が終わるまで継続らしく、これはワンチャンどころかフルチャンあるのでは、と、俺は機嫌が良くなるのであった。