医学部とのコンタクト
窓側の前から2番目の席にぽつんと座る奴がいる。
そいつは髪は明るい茶髪で、いつもビビットブルーのパーカーを着ていて、遠目でも分かる濃い顔立ちをしている。
ただ、肌は日に焼けて無くってなまっちろいし、頬杖をついて伏せ目がちに講義を聴いているその姿は、高慢的で、退屈そうに見える。俺なんかとは違って、座っているだけで賢さが滲み出ていた。
顔もそこそこ良いし、派手すぎないくらいにチャラいのに、なぜかその教室で浮いていた。チャラ男がみんなコミュ力高いって訳じゃないのは、自分のこともあってよく知ってるが、一人でも平気そうな、それでいて、詰まらなそうにしている其奴が少し気になっていた。
俺は、そいつの斜め後ろの席に座るようになった。
相も変わらず退屈そうに賢そうな顔を歪めていた。左手で頬杖を付きながら、右手でくるくるとシャーペンを回す。
しゅるっぱし しゅるっぱし
知的な顔に反する間抜けな音が面白くて、思わずにやにやしてしまう。
こうやって、こいつの斜め後ろを陣取るようになって気付いたのは、黒々とした長い睫に目が縁取られていることだとか、ペン回しをするのが好きだということだった。
かといって、特段上手いという訳ではなく(俺は全く出来ないけど)、見ていると二度の講義の内に一度くらいの頻度で、掴み損ねたペンを床に落としていた。
いつものように回るシャーペン。しかし、彼の手の上を空回りしたシャーペンは、親指に到達した後、親指を滑って情報に飛んだ。高く飛んだシャーペンは床に落ちると、あろうことか、彼の座る椅子の下の奥の方―つまり俺の方―に入り込んでしまった。
そいつは躍起になって取ろうとでかい身体を、椅子の下に腕を潜り込ませようとしていたが、取れないことは一目瞭然で、俺も椅子の下に手を伸ばした。其奴の手の指が半分くらい覗いていたが、案の定取れそうになく、俺は必死な其奴を余所に楽々とシャーペンを手に取った。
身を起き上がらせ、もうない物を届かない手で必死に捜す其奴の背中を二度タップする。するとムクリと身体を起こし、ゆっくりと振り向いた。しかし、完全には向き直ろうとせず、俺からは顔の三分の二くらいしか見えない。その顔は相変わらず濃かったが、心なしか色が失せてるように思えた。
シャーペンを差し出すと、ぬっと手を伸ばしてきて受け取った。暫く黙ってたせいだろうか、か細いスカスカな声でありがとう、と俺に告げた。その時、触れた手は、少し湿っていた。
それ以上は話しかけられなかった。
何故だかその時ばかりは、なかなか一歩を踏み出せなかった。