開け・ゴマ
跳ね橋の向こう、開かれた城門の左右に物々しい鎧を身に着けている男がいる。
あれが守衛なのかな。着てる鎧はバラバラだけど……
まあいいや、とりあえず声をかけてみよう。
「あのーすみません」
「ちょいーっす!」
……え?
思わず相手の顔をガン見してしまう。
「なんだ。ここから先は住民票が無いと通れないぞ」
なんだって、それはこっちのセリフだ。
でもさっきの謎の挨拶がなかったかのような表情で、こっちの自信がなくなる。えっと、聞き間違いだったのかな?
「その、この街で働くのならまず長に会えと言われまして、城に来たんですけれども」
「街の外から来たということか?」
至極真面目な声。そうか。聞き間違いだったか。
「はい。ついさっき到着したばかりです」
「そうか、それはご苦労だな。なら入ってすぐ右側に守衛室があるから、そこで住人登録に来たと言え。そうすればカルヤ様のもとへ案内されるはずだ。
武器はあらかじめこちらで預かっておくが……」
武器なんて俺は持ってない。ヒルデも首を振っている。
「そうか。分かっているとは思うが、くれぐれもカルヤ様に失礼の無いようにな」
「はい。ありがとうございます」
一礼し、門をくぐる。
うーん。変な幻聴が聞こえてしまった。ちょっと疲れているのかもしれないな。
にしても少し警備が甘すぎやしないか。ヒルデは武器なんて持ってなくても十分に戦えてしまうと思うんだけど。
こちらの疑問を察したのか、ヒルデが口を開いた。
「これだけ大きな街の城だ。ここに詰めている者はみな相当に腕が立つ。二人くらい敵が入ったところで、十分に倒せる自信があるのだろう」
倒されない自信に満ちた声。
「なーるほど」
油断大敵って言葉を後で守衛さんに教えてあげるべきかもしれん。
門をくぐると、城壁と城に挟まれた、中庭のような空間に出た。守衛室っていうのは城に後から付け足したような出っ張った建物を指しているんだろう。横にはこれまた鎧を着た衛士が立っている。
「すいません。住人登録に来たのですが……」
背後の衛士の威圧感を感じながらおそらく守衛室だと思われる部屋を覗き込んで声をかける。
「ちょいーっす!」
……え?
「住人登録? あーとりあえず名前とジョブだけ教えて」
何も無かったかのように話を続けられて、こっちの自信がなくなる。えっと、聞き間違いだったのかな?
「お、俺はサンジュ。冒険者をやってます。でこっちがヒルデ。えっと……」
「私は魔法使いをやっている」
「サンジュとヒルデ、と……よし。じゃあアルスさん案内してやってください」
「うっす!」
立っていた衛士の一人が妙に陽気な返事をして歩き始める。彼がアルスさんということかな。
ついていくと無言で三人、衛士が後ろを歩いてくる。さすがに城主の面会は厳重に警備してるか。
第二の城門をくぐり、中へ。広い広間のような空間やら何個も扉の並ぶ通路、急な螺旋階段を通り、そして一つの部屋に通された。
「ここだ。カルヤ様が来るまでは待っておけ。変な真似はするな」
何がここなのか。口数が少なすぎて分からないけどとりあえず頷く。
椅子と机しかない殺風景な部屋だ。なんだか高そうな赤い絨毯が敷かれていなければ、取調室か何かだと言われても納得しそう。
真ん中に二つ置かれた椅子に座り、猫の額ほどの窓から差す光が移動していくのをのんびりと眺めながらカルヤ様とやらを待つ。
……遅い。
そもそもなんで市長が直々に面会するんだ。そういうのは役所でやるもんじゃないのか。
やがて部屋が徐々に赤く染まり始めた頃、ようやく扉は開いた。
「俺! 登場!!」
沈黙が支配していた部屋に、突然場違いな高い声が響く。
「いや〜ごめんね! ちょっといろいろ立て込んでてさ〜」
頭をかきながら軽い足取りで向かいあうように席に座る。
「君たちがサンジュ君とヒルデちゃんだね。おお、すっごい美人! 君、今彼氏とかいる?」
誰?
「あのー……あなたは一体?」
「んふーふ、気になる、気になるよね! 何を隠そう、僕こそがこの街の長、カルヤ様だっ!」
決め顔で自分を指差す自称カルヤ様。
「うんうん、驚いてるみたいだねー。この顔を見るために僕は生きている!」
この金髪に染めてイヤリングしてボーリングでウェイウェイ騒いでそうなこのチャラい男が、カルヤ様?
「冗談?」
「冗談じゃないよ! ほら、そこの君! 僕は一体だ~れ?」
「うっす! まごうことなくこの街の長、伝説のれじぇんど・カルヤ様でございます!」
壁に立って控えていた衛士の一人が応える。てか伝説のレジェンドって……
「うん。良い返事だ。これで僕がカルヤ様だってことはわかってくれたかな? わかったね?
さて、じゃあ本題に入ろう。えっと二人の住人登録だね。まあちょっとした試験をするだけだからすぐ終わるよ」
「試験?」
「いやいや、そんな気張らなくていい。ちょっと透視魔法をかけて、ステータスを覗くだけ……」
「ステータスを覗く!?」
ここまで黙りこくっていたヒルデが突然声を上げた。
「うん? そうだけど?」
「そんな魔法は聞いたことがないぞ。それに、もし仮にあったとしてもそんな魔法を使うのは非常識がすぎるだろう。ステータスは親か本当に親しい者にしか公開しないものだ」
え、そうなの? 俺、思いっきりヒルデの前で読み上げさせられたような気がするんだけど。
「まあまあそんな怖い顔しないでって。まあ、聞いたことがないのは仕方ないさ。本当に珍しい、特別な魔法だからね」
こいつ、なんかムカつくぞ。
「それにここで見たことは絶対に公開しないからさ。ほら、そう簡単にぺらぺら秘密を喋ってたらこんな立派な役職につけないよ。長に必要なものは強さ、頭の良さ、そして人望だからね!」
「……そもそも、ステータスを見ることになんの意味がある。ステータスで人を判断するというのか」
なかなか食い下がるな。何か見られたくない秘密でもあるんだろうか?
カルヤ様も同じ疑念を感じたようだ。瞳がすっとすぼまる。
「僕の魔法はさっきも言ったとおり特別でね。一般的に知られる「ステータス」よりも深いところまで見えるんだけど……
ヒルデちゃんは何か隠したいことでもあるのかな? 残念ながら、怪しい人間をこの街に入れるわけにはいかないんだけどな」
言外にこれ以上抵抗するなら住民登録を認めない、と言っているのか。
「……いや、何でもない。余計なことを口走ってしまったようだ。申し訳ない。その特別な魔法、とやらをかけてくれ」
それだけ言って、ヒルデは目を閉じた。
眠い……わけではないか。なんだろう。
「オーケー、じゃあサンジュくんから順番に行こうか。別に痛くもなんとも無い。一瞬だからさ」
すっと目の前まで近寄り、顔の高さを合わせてくる。
「僕の目をよ〜く見てくれ。瞬きはなしだ。行くよ」
静寂が訪れる。
相手の瞳孔に吸い込まれて、その奥に落ちていってしまいそう。そんな不思議な想像が脳裏をめぐった時、魔法が発動した。
「ステータス開示」
開け・ゴマって……
なんだよそれ、と言おうとしたところで思考が弾き飛ばされた。
抵抗する間も無かった。魔法の濁流、とでもいおうか。膨大な流れが脳を、手を、足を流し去っていく。目から入ってきた魔法が一番最初に弾き飛ばしたのが思考だったのだ。
細胞の一つ一つまで魔法が満たされ、体のすべてを検められる感覚。体から切り離された思考はただそれを見つめているだけだった。
なんだ、これ。
入ってきた時と同じく、あっという間に魔法は引いていく。体を満たしていたものが消え、思考が収まる空間が戻る。
「はい、終了! 簡単だったっしょ?」
「いや、いやいやいや、これ、おかしいでしょ」
あのまま魔法を満たし続けたら、体を乗っ取ることもできるはずだ。
「そんなにほめられると照れちゃうなぁ」
「ほめてないから! 絶対に人に使っちゃいけないだろこの魔法!」
うんうん、と頷くカルヤ様に気にする様子はまるでない。
「もともと攻撃用の魔法だからね。危険な魔法なのは仕方ないさ。それを平和目的に利用することを思いついた僕を尊敬してもいいんだよ?」
話がまったく噛み合わない。もういいや。
「さて、次はヒルデちゃんだね」
「そうだな」
ヒルデは目を開き、相手を見据えた。
「素直な子は好きだよ。ぐっふっふ、ではではご開帳〜」
カルヤ様も最悪に気持ち悪い声を出しながらヒルデに向き直る。
「よし……ステータス開示!」
魔法が、再び発動した。
思ってたよりも忙しいっすね。ええ……