電卓ワルツ
生徒会のお仕事についてはよくわかってません。
雰囲気で!!
生徒会室には誰もいないーーー私以外は。
明日が会計報告の〆切だというのに、今日の昼休みになって2年の役員が泣きついてきた。小さくため息をつき、“手伝い”を引き受ければ案の定。
「いないし……」
机の上に積まれた資料。一体どれだけ溜め込んだんだろう。こういう風に仕事放棄するなら、立候補なんてしなきゃいいのに。推薦もらうためとか、会長に近づきたくてってだけなら辞めてほしい。
「仕事さえやってくれれば……文句もないのに」
不満を口にしても、何にも終わらない。明日の会議が長引くのは、正直嫌だ。メンドクサイ。
昼休み以上のため息をつき、常備しているカシオの電卓を取り出して机の上に置いた。ACボタンを2回押すと、“0”が表示される。資料と電卓を交互に見、まとめ始めた。
「ーーーで、君は誰の書類を処理してるのかな?」
……笑顔怖っ。
「君の分はもう1週間も前に受け取ったはずだよね?追加を頼んだ記憶もないし」
「……私が正直に言うと?」
「思わないね!」
じゃあ聞くな!……と言いたいが、そんな命知らずなことはしたくない。
我が校で最も人気のある3年のひとり。織原叶生徒会長。彼女に憧れ、近づこうとする女生徒多数。(といっても、女子高に男子はいないが。)
おそらく、この書類の本来の持ち主である2年の役員も、会長に憧れているのだろう。
ーーーまぁ、仕事放棄するなんて自殺行為だけどねぇ。
「で、会長はどうしたの?今日は委員会、ないはずですけど?」
そう言うと、ぐふふふふ、と気味の悪い笑みを作って、会長はビニール袋を取り出した。
「それは……」
「さっき顧問から強奪してきた」
ーーー哀れ、白崎先生。
心の中で合掌。いい先生だけど、会長には敵わないだろうなぁ。
会長は袋から豆大福を取り出してしげしげと眺める。
「んふ。これは駅前の和菓子庵のだわ」
違いがわからん。
「やっぱ豆大福には熱い宇治抹茶よね」
チラ見される。催促だ。私の目の前に広がってる書類は無視か!
「……お茶、入れましょうか」
「さっすが」
何がだ。
小さく備え付けられている給湯スペースで、いくつか茶筒からご希望の銘柄を取り出す。この部屋に来るようになって早2年。慣れたものだ。
「んふふ、やっぱりおいしい」
それは本心なのだろう。目尻の下がり具合がそう言っている。ついでに入れた自分の分のお茶をすすると、苦くともぎゅっと詰まった旨味が舌とのどを潤した。
仕切り直して、私は残りの書類に向き合う。パチパチと電卓を叩く。ボタンの間隔に慣れた指は、タッチミスすることなく正確な数字を表示させた。
「ーーー好き」
「……」
「ね?ドキドキした?」
わかってて聞いてる。性質の悪い人だ。
「……もう慣れました」
「んふふ、君の叩く、電卓の音は軽やかで好きだよ」
静かな生徒会室。お茶をすする音と、電卓の音。馴染んだ日常は、人気の終わる秋まで続く。
「すみませんっ。昨日は急用が」
「……別に、気にしてないよ。報告は自分で出来るでしょ?」
「もちろんです」
急用って何だ、急用って。書類だけ生徒会室に置いて、自分はカラオケでしょうが。さっきそこで話してたの、丸聞こえだったんですけど。
かなり高まっている不快感を露にせず、努めて無表情で通した。下級生に舐められるのは、今に始まったことじゃない。堅実な仕事がモットーの、地味な私が後輩から尊敬される器じゃない。生徒会役員の席にいるのだって、疑問を持たれているのも知っている。
よく、わかってる。
会計報告の会議が始まると、生徒会室の空気は少しだけ強張った。会長の一挙一動で場の雰囲気さえ変わる。
このカリスマ性を、目立ちたくない私は称賛こそすれ、羨ましいとは思わない。
「うん、よく出来てるね。見やすいし、参考にしやすい」
「あ、ありがとうございます!」
それを作ったの、私ですけどね。
わかっていて会長が言うものだから、ぞっとした。絶対、よからぬことを考えてる。
「君にこれ程の能力があるなんて知らなかったなぁ。どれくらい、時間かかったの?」
「えっと……それ程では」
放課後目一杯使いましたけどねぇ。
「そう。すごいねぇ。……あぁ、1箇所表記を変えたみたいだけど、どうして?」
「あ、えっ、その」
「うん?」
笑顔の恐怖政治って、最強なんじゃないだろうか。いや、自業自得なんだけど。
「自分でやったんだから、答えられるよね?どうして?」
「えっと、そのほうがわかりやすいかと思って」
「ふぅーん。違うページ、見てるみたいだけど?」
「……っ」
もう空気悪すぎだ。全く。
そして、そこ。笑い声漏れてるから。隠せてないから。
「会長」
「んー?」
「表記についてですが、文化祭のパンフレットを『冊』から『部』へ単位変更しただけですし、書類はきちんと提出されたわけですから、問題ないでしょう?
先に進んでください」
「やだ」
駄々っ子か!?
「だって数字のフォント変えるなんて、君くらいしかしない。人がやったことを、さも自分がしたように言う人間が嫌いなんだよ、私は」
「あの言い方はよくなかったと思います」
「だって君、前もあの子の仕事手伝っただろう?甘やかしてもいいことなんてないよ」
「……」
あの後の空気はひどく重かったが、それでも淡々と会議は進み、会長以外の全員(あぁ、次の生徒会長候補はそうでもなかったが)が憔悴した表情で終了した。
「昔からそう。人のことばっかり。カラダ壊すよ」
「……大丈夫、だから」
珍しく不満顔をしている会長を見て、何だか少し、淋しくなった。懐かしい表情は、私たちを幾らか大人に近づけたことを思い出させた。
あまり知られていないが、私と会長はいわゆる幼馴染みである。付き合いは長いのだ。
ーーーもう卒業まで、1年を切った。
私も会長も、進路はだいたい決まっている。学部も、大学も、きっと同じにはならない。彼女の隣から卒業することは哀しいけれど。
「……叶」
「え?」
久しぶりに口にした会長の名前。呼ばれた本人は目をぱちくりさせている。あら、可愛い。
「ありがと」
少し笑って、感謝を述べた。
もうしばらくは、この幼馴染みの傍で過ごしていこう。
「さてと、来月の部活予算の見直し、しますかね」
「はい?仕事する気?」
「もちろん。そのために来たんだし」
ACボタンを2回。これは癖。
表示されるデジタルの“0”に何だか安心する。
そうして、指でボタンを弾けば、会長が呟く。
「うん。やっぱり、ユキの叩く電卓の音、好きだな」
お褒めいただき光栄です。会長サマ。
別名『女王サマの傍らの人々』(笑)