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翌日の早朝。
起床後にとりあえずいつもの習慣で応接間へ行ってTVを点けてみると、画面には、アイラが映っていた。
背もたれの代わりにしているのかもしれない、赤い象の滑り台の前で例の女の子座りをしてにこにこと微笑みながら、カメラに向かってゆるゆると手を振っている。
テロップからしてLIVE中継ということがわかったけれど、それよりもぼくは、とにかくアイラのその大きさに釘付けになった。なぜなら格好やメイクは昨日最後に見たときと全部同じだったものの、全体のサイズがぐっと大きくなっていて、後ろにある赤い象の滑り台が、ほとんどとび箱の一段めくらいの大きさに見えてしまうほどだったからだ。
──そうか、きっと気づかい屋のアイラのことだから、家を破壊しないためにああして自分から外へ出たに違いない。
とそんなことを考えながら画面内のアイラを見ているうちに、ぼくはアイラのいる場所が、家からそう遠くない場所の公園らしいということに気が付いた。うし、だったら直接見に行ってみっかね、とリモコンを放り投げ、大急ぎで服を着たのち、ハンドルを曲げそこなった愛車、地獄のカロリーメイト号で公園へと向かった。
冗談なしに、町中の人間が集まったのかというくらいに公園とその周辺は人々でいっぱいだった。
滑り台の前に座るアイラの前には、いつかネットで観た野外フェスか何かのように、カットされたバームクーヘンの形になって無数の人々が群がっていた。
先頭にはマスコミ関係と思しき本格的な撮影機材を持った一団が占めていて、その後ろでは、けっこうな人数が携帯やスマホのカメラを使って背伸びをするまでもなく、巨大なアイラの姿を撮影し続けていた。
──見ると、周囲にある家々のベランダや屋上にもこれまたけっこうな人影が見え、その多くは、やはり何らかの機具を手にアイラを撮影しているようだった。そしてその光景の全体を集団特有のがやがやとした喧騒がすっぽりと包み込んでいる。
そんな文字通りのお祭り騒ぎの中心で、皆からのちょっと好奇過ぎる視線を浴びているにもかかわらず、今現在もにこにこと微笑み続けているアイラなのだった。
ぼくはそんなあくまでもいつも通りのアイラを見ながら地獄のカロリーメイト号を適当な場所に乗り捨てると、運のいいことに、誰も乗っていなかった回転地球儀の北極の部分に立って、あらためてその姿を見た。
わかりきっていることだけど、アイラは、でかかった。すさまじくでかかった。
小六のときの修学旅行で見た、長崎の平和記念像よりもずっとでかい。第二十三回天下一武道会ででかくなったときのピッコロと同じか、もしくはそれ以上かもしれない。
──と、ぼくに気が付いたアイラがこっちを向いて、嬉しそうな顔でゆるゆると手を振った。
ぼくは予想外の展開に激しく動揺しながらも、思わず手を振り返す。でもそれがまずかったらしく、最前列から人を掻き分けてやって来たマスコミの一団が回転地球儀の前半分を取り囲み、ここぞとばかりに一斉に質問を開始した。
「君とあの子は一体どういう関係なの?」「なぜあの子はあんなに大きくなったの? 心当たりはある?」「何でもいいから知ってることがあれば教えてくれないかな? プラモデル買ってあげるから」
プラモデルという言葉につい首を大きく動かしてしまったぼくを見ていたに違いない。ふと視線を感じてアイラを見ると、アイラはガンツの例の球体よりも大きなグーを口元に添えて、おかしそうにくすくすと笑っていた。それでぼくは急に真面目な顔になって、「すみません、これから塾がありますからノーコメントで」とわざとらしい標準語で嘘を吐きながら地球儀の後ろ側にヤッと降り立って、逃げるようにと言うよりは、実際に逃げ出すべく引き起こした地獄のカロリーメイト号にまたがると、即行で家まで駆け戻った。
家に入ると、TVの前で体育座りしていたミロがぎろっとぼくを睨みつけた。
どうやらぼくが映ったのを見ていたようで、「もー、なんしちょっとよニジ兄はー、何が、『ノーコメントで』よー、あほー」とぼくの真似をしながら、果てしなく迷惑そうな顔で言って再び画面に視線を戻す。
ぼくはいつものごとく、ミロの口撃を見られてもいないのにアニメ風に避け終えると、そうだと思い付いて、携帯のネットでアイラの名前を検索した。
有名な匿名掲示板には、アイラに関するスレッドが既にいくつも立てられていて、そのすべてが異常なまでのスピードで消費されているようだった。
そこでまたそうだと思い付いてしまったぼくは、今度は仕事でいない父親の部屋にまったく必要のない抜き足で忍び込むと、ノートパソコンを起ち上げて有名な動画サイトでアイラの名前を検索してみた。すると予想通り動画の方も既に何本もアップされていて、そこには普通じゃない数のコメントが寄せられていた。
とそれはいいのだが、どうもアクセスが集中しすぎて回線がパンク寸前になっているらしく、初めの方こそ一度だけつながったものの、それ以降はなかなかうまくつなげることができなかったのが難だった。
それくらいネットでもTVでも、まさにお祭り状態以外の何ものでもないようだった。表向きはいつも通りの穏やかな日曜の朝なのに、電波の向こう側ではとんでもないことになっていた。
それで俄然あおられてしまったぼくはパソコンを勝手に応接間に移動して、TVと携帯とパソコンの画面を延々と三角食べならぬ三角チェックし続けた。TVではいつの間に住所をつきとめたのか、とある放送局ではおそらくアイラの両親のどちらかに突撃インタビューを行うためだろう、なんと二軒隣りのアイラ邸の前から生放送をしているようだったけれど、右下にある分割された小さな画面では、公園にいるアイラのことをしっかりと同時に中継し続けていた。
アイラに関する緊急番組を放送している局はもう一つあったのだけど、その局のチャンネルでは、画面右下のアイラのLIVE映像は同じだったものの、メインの画面では、アイラ邸の前からの生放送ではなく、急遽招集された専門家や文化人と称される人間たちが、巨大なディスプレーの用意されたスタジオ内において、さまざまな憶測を飛ばし合いながら激しい議論を繰り返していた。
そうこうしているうちに、遂には我が家にまでマスコミの人たちが話を訊きに来始めて、初めの方こそミロの用意したすばらしく慇懃なセリフの通りに、ぼくがインターホンでまたしてもわざとらしい標準語を使っていちいち断っていたのだけれど、あまりに何度もやって来るものだからそのうちほとほと嫌になって、ホンの電源を切ってそのままにしておいた。
やがて母親と父親が帰ってきてミロとぼくに一体何が起こっているのかを半ばキレ気味で問い詰めたけれど、ぼくたちが本当に何も知らないということを知ると、それ以降尋ねてはこなかった。
そしてその次の日、なんと信じられないことに、北海道でも突如として巨大化した女子が現れたという衝撃の事実を、TVにてぼくは知ることになるのだった。