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ミロがまたぼくをアイラのところに誘ったのはそれからさらに十日後の、いよいよ二学期開始への魔のカウントダウンが始まった頃のことだった。ちょうど関東地方で、またぼくと同い年の女子が、自分の家族全員を寝ている間に裁ち鋏で惨殺してしまうという凄惨なる事件を起こし、これまでにないほどワイドショーを賑わせていたのと同じ頃だ。
ミロはぼくの部屋にやって来ると、ほとんど何も言わないままにぼくの着ていたラガーシャツの裾を掴み、アイラの家へと引っ張って行った。ぼくの方もぼくの方で何も言わないままただミロにされるがままにしてついてゆく。アイラのその後に文字通り、恐ろしいほどの興味があったからだ。
事前に話をつけていたのか、ミロはアイラの家の玄関を開けるとサンダルを脱ぎ、何も言わないままに二階へと登り始める。その途中で隣りの部屋に立っていたアイラのおばさんを見かけたけれど、おばさんはぼくと目が合った途端さっと奥に隠れてしまった。ああ、きっと今日はジュースもかすたどんも出てこないんだな、と漠然と思いながらぼくはミロにシャツを引かれるままに階段を登り、まもなくしてアイラの部屋に入り終えた。
部屋に入ってまず最初に思ったことは、これは夢なんじゃないのかということだった。部屋の奥に女の子座りで座っている、というよりは鎮座するアイラがくにっと窮屈そうに首を曲げたまま、ぼくたち二人のことを、トラックのタイヤくらいもある巨大な顔で、にこにこと見下ろしていたからだ。ちなみにそのときのアイラの格好は初めに見た黒白のもので、例のびらびらの赤ちゃん布を頭に巻き付けていて、メイクはほぼスッピンと言ってもいいくらいのごくごくナチュラルなものだった。
尋ねたいことはいくらでもあった。大きくなった理由はもちろん、なぜ服と小物までもが大きくなってしまったのか、食べ物やトイレはどうしてるのか。
個人的には服と小物のことが一番気になったけれど、とにかくそのときのぼくはただただ目の前の巨大なアイラに圧倒されてしまって何も言うことができなかった。
──と、体勢がきつくなったのだろうか、アイラが頭を天井に擦り付けながら曲げていた首をゆっくりゆっくりと回転させるように動かして、逆の方向へと曲げ終えた、そのときだった。ぼくの横に立っていたミロが、突然夕方五時のサイレンのようにして泣きだした。
「ど、どうしたとよミロ」
ミロはぼくの問いかけに答える代わりに、いよいよ本格的に泣き始めた。そして小さな子供のようにひぐひぐとしゃくり上げながら、アイラに対して途切れ途切れに訴え始める。
「ねえアイ姉、どうして、どうしてそげんことになっちゃったのけ? もしかして今、トーキョーで起こってることと、なんか関係があるんじゃないのけ? アイ姉がそんなに大っきくなったのは、わたしたちのせいだったりするんじゃないのけ?」
東京で起こってること? わたしたち?
ミロの言っていることを理解しようとするぼくの斜め前を、広げたバンダナくらいもある巨大な手のひらがふわふわとよぎってゆく。
アイラはミロのすぐ前で手のひらを停止させると、そろりと拳を握りしめながら、アゲハ蝶の指輪のはまった人さし指を慎重に伸ばし立てた。そして爪に透明なマニキュアの塗られている、ラムネ瓶ほどもあるつるりとした白い人さし指を使ってミロの頭をやさしく撫でながら、泣き続けるミロの目をにっこりと見据えたままに、そっと左右に首を振った。