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映画を観るため、友だちと三人ではるばる天文館まで繰り出したときのことだった。
時間まで暇を潰そうと、何気なく入ったゲーセンのメダルコーナーでまさかの大散財をやらかしてしまったあと、友だち二人と、
「すまん金貸して」「いやべ」「金貸して」「いやべ」「頼む映画どころか電車賃もなか」「いくら残っちょっとよ」「二円」「もうお前一生ここにおれ」
などというやり取りを交わしながら天文館のメイン大通りへ出ようとしたまさにそのとき、ゴスロリファッションに身を包み、真っ白い日傘を持ったにこにこ顏のアイラがちょうどぼくたちの目の前を通り過ぎた。
もう一着買ったのだろうか? そのときにアイラが着ていたゴスロリ服は、以前の黒白のものではない、上着もスカートも、そして太ももの途中まであるやたらと長い靴下も全部が全部きれいな薄ピンク色のものだったからきっとそうだろうとは思ったけれど、今一つ確信は持てなかった。
ただ一つだけはっきりとわかったことがあって、それはすれ違う誰もがアイラのことを驚いた顔で振り向いていた原因は、その奇抜な服装のせいだけじゃ絶対にないということだった。なぜなら縦に盛られた髪の毛とそのてっぺんに置かれた高さのある銀色のティアラのせいもあるとは思うのだけど、そのときのアイラの身長はゆうに二メートルを超えていたからだ。
そしてやっぱり拡大コピーをしたかのように身体全体が不自然に大きかったものの、でもそのときのぼくは、そういう具体的な疑問を持つことが一切できなかった。
それは元々アイラの頭と体型が小さく細めだったからということもあっただろうけど、でもそれ以上に多分二人の友だちや振り返って見ている周りの人間たちと同じように、ひたすらその存在に圧倒されてしまったからだと思う。例えは悪いけれど、まったく何の予備知識も持たないままに、いきなりキリンやゾウを見せられでもしたかのように。
とそんな感じだったから、ぼくはアイラと一緒に歩いていたミロのことを、うっかり見過ごしてしまうところだった。よそ行きの格好をしていたとはいえ、結局はTシャツにショーパン姿という素朴な格好のミロは、日傘をクルクルと回しながらにこにこと上機嫌に歩いているアイラとは対照的に、恥ずかしいというよりもどことなく思いつめたような顔でじっとぼくのことを見つめていた。
ただ、友だちの二人はミロのことはおろか、たった今目の前を通り過ぎた異常に大きな女子が、元クラスメイトの薩川アイラだということにさえ、どうやら気が付いていないようだった。アイラの今日のメイクは前とは違ってごくナチュラルなもので、こっちに向かってそれとなく──けれども優雅に──一度手を振ったにもかかわらず。
誰かがスマホのカメラを取り出して構えたのをきっかけに、多くの人々が遠ざかってゆくアイラの後ろ姿を一斉に撮影し始める。ひょっとして手を振られたことに時間差で気が付いたのか、友だちの二人が突然わっと話し始めたけれど、詳細を覚えてはない。覚えているのは、クルクルと周りながら遠ざかってゆく真っ白い日傘のことだけ。
──と、そんな決定的な場面を目の当たりにしたにもかかわらず、それでもぼくはアイラの存在を、なんとか常識内で処理しようと試みていた。たったの十日間で? という事実を少しも考えることなく、ただ単に普通に成長しただけに違いないと、世の中にはあれよりももっともっとおっきな女の人がおるがあ、という風に考えようとして、実際にそう考えた。