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私を主殿と呼んだ君からの最後の手紙

作者: リリル
掲載日:2015/01/22

手紙が届いた。

食事が運ばれる時のように、義務的に、それは目の前に置かれた。

薄茶色のそっけない封筒はだいぶ膨らんでいる。中に便箋が沢山入っていることが伺えた。目に付くところに送り主の名前は書かれていない。

私は読書を中断してその手紙を眺めた。シンプルすぎるその封筒は、兄からではないと語っている 。私に手紙を書いてくれる人なんて、果たして兄以外にいただろうかと自問自答。結論としてはいないはず。

雑に糊付けされた口を、少し苦戦しながら開けて中身を出した。予想通り、何枚も便箋が入っていた。便箋も封筒と同じでそっけないデザインだ。年頃の乙女に送る手紙のチョイスとしては十五点。でも、私に送る手紙としては八十点だ。下手に可愛らしい物は好きじゃない。冒険しないだけマシ。

ーーこれを読むには時間がかかりそうだな。

そう考えた私は、作業台を片し、手紙を封筒に入れ直してから寝室に移動した。

寝室に着いてから、それを読む前に私は窓を閉めて風を追い出す。ちらりと見えた空は、今日もいつも通りに青かった。

便箋を再び封筒から出して、私はようやくそこに書かれた文字を目にする。

それは全体的に雑で、読み書きが苦手であることがすぐにわかる文字。そしてなにより、とても懐かしい文字だった。



〝拝啓、我が愛しの主殿〟



そんな風に始まった文章。こんなことを私に言う人は、この世に立った一人しかいない。



〝この手紙を主殿が読んでいる時、私はすでにあなたの側にはいないと思います。今回私が筆を取ったのは、我が敬愛する主殿に、ささやかながらこの愚かな私の懺悔をお伝えしたかったからです。これは私の自己満足に過ぎません。私の名を目にすることが、私の言い訳を聞くことが不快でしたら、破り捨てていただいて構いません。ただ、もしあなたがこの懺悔を聞き入れてくださるならば、私が愚かにもあなたをどれほどお慕いしていたか、それがどんなに間違ったことだったとしても、思いの強さだけは理解していただけるかもしれません。あなたに理解を求めることは間違いかもしれませんが、最後の御無礼としていただければ幸いです。〟


書き手に気付いた私は、思わず便箋から目を背けた。しかし私には、この手紙を読む義務がある。

所々インクが滲んだ文字。しかし読めないほどではない。

読み書きが不得手だったろうに、漢字をきちんと使われた文。字は大分適当に見えるけど、その字が今はただただ懐かしい。

これは私を主殿と呼ぶ唯一の君から届いた、最初で最後の手紙だ。たとえ私への罵詈雑言が紡がれた文だとしても、三千世界の呪いの呪詛だとしても、私には君の言葉を無視する権利も資格もない。私は君の言葉を聞きたい。どんな言葉でも、君の思いを受けとめなければならない、受けとめたい。

私は手紙に再び目を通す。



〝私が始めてあなたにお会いした時、あなたも私もまだ十にもならない幼子でした。卑しい身分の私に、尊き血の流れるあなたは優しい言葉をかけてくださいましたね。あなたにとっては、気まぐれに手を差し伸べてみただけであっても、私にとってそれは神からの使いにも思えました。その時から、あなたにかけられた声だけが私の心の支えでありました。〟


〝十四になり、私は低い地位ながらも、王都の学院へ通うことを許されました。そこからはあなたもご存じの通りかと思います。私は高貴な方々にとって、使い勝手の良い手駒となることで我が身を守ることに決めました。自分の意見を、心を押し殺し、ただただ命令のまま動くカラクリのようであれと、自分に言い聞かせながら過ごしておりました。心を殺すことに慣れてしまった私は、その頃すでに感情というものを見失いかけていました。〟


〝そんな時、私は再びあなたにめぐり合う幸運を得られました。今でも私はこの神のご温情に深く感謝しております。あなたの姿を見ることが出来るだけで、私はどんな状況をも耐え忍ぶことができました。決して私からあなたにお声をお掛けすることなどできませんでしたが、気まぐれにあなたが私に気づいて下さるだけで、私の心は浮かび上がるような心地でした。あなたの声が、私にとって全てだったのです。それ以外の物など、私の心を満しはしませんでした。〟


〝卒業してから、私は騎士見習いとして城で勤め始めました。私は、あなたをお守りすることができる立場、身分ではないとはわかっておりましたが、それでも、あなたのお役に立つことを望んでいました。今でも、あなたのお役に立つことができるのであれば、他に地位も名声も、命すらも私にとって重要ではないと答えられます。〟


〝騎士見習いとして勤め始めてから五年後、私は近衞隊副隊長になっていたのは、あなたもご存じのことと思います。それから、あなたと直接お会いする機会をいただくことが出来るようになり、私はわかりやすく浮かれておりました。そして分不相応にも、あなたが私を頼りにしてくださっていると思い上がりました。このようにも愚かな私は、あなたの側にあることすら許されなかったのかもしれません。〟


〝あなたが私の存在を、ほんの少しはお認めになってくださったと、周りの方々にみなされた頃、私は最も愚かで不敬な人間でした。あの頃の私は、あろうことか、あなたを独占したいと、そんなことまで考えるようになっておりました。もちろん表には出さないようにしていましたが、私の中では、あなたに触れる自分以外の全てが汚らわしいものになっていました。〟


〝そのように私が驕りきっていた時期です、我が主殿。あなたに婚姻の申し入れをした方が現れたのは。そのことをあなたに聞いた時、私は思わず、心の内でその方を何度も何度も殺しました。残虐に、悪虐に、凄惨に殺しました。〟


〝ですが現実でそのようなことが出来るはずもありません。ぎこちない笑みを浮かべあなたへの祝福の言葉を口にしていたのを、辛うじて覚えてはおりますが、それからの記憶は初雪のように真っ白に抜け落ちています。〟


〝なんとかなけなしの理性で、その後もあなたに対しいつも通り仕えていました。しかし、私はあなたがだれかの物になると考えただけで、心の一番柔らかいところを、何度もえぐり取られるかのように痛みを抱えておりました。そのことをご理解いただけると有難いのですが、おそらくそのようなことを望むことは傲慢でしかないでしょう。〟


〝あなたが幸せになるために、私のこの思いは邪魔な物でしかないと自分を押さえつけていました。しかしあの日、あなたが私に、結婚が恐ろしいと申された時、私のその押さえつけていた感情が破裂しました。〟


〝今考えれば、それはただのマリッジブルーだったのでしょう。一時の気の迷いであったのでしょう。ですが愚かな私は、その言葉をあなたの心からの絶望であると考えてしまいました。私はとっさに、身分を考えずにあなたを抱きしめてしまいました。もし誰かに見られていたら、あなたに多大なる損失を与えていたあの様な行動に移った私を、あなたはあの時責めませんでしたが、あなたは私を責めるべきでした。責めて、私の目を醒ましてくだされば、いくら愚かな私でも、この後、考えなしの行動に出たりはしなかったでしょう。などと今更言っても、あなたに非があったわけではないのです。突然このようなことをした私に驚き、あなたが何も言えずにいたのだと、私はそう考えつかなければならなかったはずなのですから。〟


〝あなたの結婚式前日に、あなたを攫ったのは、あなたの一番美しい姿を、他の者の目に写したくないと考えたからです。あなたを一番愛しているのは自分だと、私は思っていました。今でも驕ったことだとは思いますが、あなたへの愛を死んでも疑うことはないでしょう。〟


〝いきなり連れ出され、あなたは混乱していましたね。あなたのことを愛しているのですと私が告げた時、あなたが流した涙を見て、私は自分が間違いを犯したのだと悟りました。しかしもう後のなかった私は、あなたを手に入れることしか考えられませんでした。あの様な行動にでた私を、許してくれとはとても言えません。あなたの尊厳も、純潔も、誇りも、全てを貶めたことは、許しようがないことでしょう。ですから、私はこのことをただ詫びることしか出来ません。〟


〝私が捕まったのは当然のことで、惨めに喚いた私は本当に救い様のない愚か者です。〟


〝我が愛しの主殿。私はあなたを害した大罪人です。ですが、私のあなたへの愛がどんなに間違った結果を生んだとしても、私後あなたを愛していたことは、疑わずにいて欲しいのです。〟



ところどころ滲んでいた文字は読みにくかった。これ以上先の文字は、血が滲んでいて全く読めなかった。

読み進むにつれて、文字はどんどん乱れていった。きっと、君がこれを書いた時、君の命はもう尽きようとしていたのだろう。文を書くのが苦手だった君が、命尽きる前に、どんな思いでこの手紙を書いたのだろうか。

君の心を全く知らずにいた私を、君は全く責めない。私はそんな、あなたに愛を向けられる人間ではないのに。

それに君は、思い違いをしている。

私が君に声を掛けたのは、最初は本当に気まぐれだったけど。でも、学院で出会ってからは、心を押し殺した君を見ていられなくて声を掛けたんだ。

まるで私を見ているようで、耐えきれなかった。

私は君を頼りにしていたし、君のことを信頼していた。君のことは、誰よりも知っているつもりだった。

愚かなのは君ではない。君の主は、誰よりも愚かなんだ。知っているつもりで、誰よりも君の気持ちに疎かった。自分の心は、口にしなくても君に伝わると思い込んでいた。今の今まで、君に私の気持ちが伝わっていたと思っていたのに。


「……馬鹿だよ、私も君も」


私は、君が私にしたことを、少しも怒ってなどいなかったのに。

抱きしめられて嬉しかった。他の誰に抱きしめられても、あんなには安心出来ないだろうし、あんなには胸が踊らないだろう。

攫ってくれて嬉しかった。あのまま、私たちを知っている人が誰もいないところで、君と二人、ともに生きていけたら何て幸せだろうかと思った。

私の純潔を破ったのが君で嬉しかった。好きでもない相手に捧げなければならないと思っていた。だから私は安堵したのに。

私は、君が捕らえられてからどうすることも出来なかった私が恨めしい。

政略結婚に出す価値をなくした私に、宮廷での発言権はなかった。君が幽閉されると決まった時、私も監禁されることが決まった。君を助け出せず、扱いの酷い牢に入れられることを止められなかった私を、君は恨んでいたと思っていたのに。

君に会えないなら死んでしまおうかとも思った。でも、何度も何度も自害しようとしては止められてしまった。いくら監禁しているとはいえ、自ら私が命を絶ったら都合が悪かったのだろう。

しばらくして、私は君との子を身ごもっていることがわかった。それからは死のうとは考えなかった。君との子を産みたかった。

君と私の子は、産んですぐに父に取り上げられてしまった。でも父は、私の生かし方をよくわかっていた。稀に会えるこの子のために、私はまたしても死ぬわけにはいかなくなった。

でも、君はもう死んでしまったんだね。


「私を置いて行くのは、許さないって言ったじゃない……」


私たちの子はもうすぐ二歳になる。あの子は、君に目元がよく似ている。

いつか、父が死んで兄が即位した時には、どんなに恨まれていても、君とまた会えるはずだった。私の思いを知っていた兄は、私達に同情的だった。私を助けると言ってくれた。君が私を許さないとしても、あの子を君に見せてあげたかったのに。


「なんで……なんで死んじゃったのよ……っ!!」


自分で窓を閉めたはずなのに、閉じ込められているような気分になった。窓越しに見える空はいつも通りに青かったけど、鮮やかすぎるあの空は、私の心を慰めてはくれない。


寂しく高い塔の中で、私は血よりも濃い涙を流した。


ツイッターの診断ででた結果を何と無く思い出しながら書きました。

行き当たりばったりです。こんな救いのない結末にするつもりではなかったはずなんですが……途中で救い方がわからなくなってきました。結果こうなりましたが、そこそこ納得できれば…いいなぁ。


読んでくださった方に感謝です。

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