とおいじめん
たった数ミリだけ厚くしたレンズを通して世界を見る。
透明なそれから与えられた視力は、今までの何倍だろうか。
見えなかったものも見える気がする。
緑の塊だと思っていた、街路樹の葉先。
どこまでも同じ青だと思っていた、遠くの空。
雲の白と、影の黒。
どれもが、違う色に見えてくる。
たった数ミリで、世界は変わってしまった。
何の気なしに歩いていた地面が駆け寄ってきた。
天高いと思っていた空は少し身を寄せてきた。
離れた距離にいた人は、ぐんと近く感じる位置に移動していた。
数ミリと、世界を縁どる色が、変わっただけなのに。
たった、それだけで世界は様相を変えた。
それがどうしようもなく、恐ろしくもあり、嬉しくもある。
多面体の世界に、私は生きている。
この世界の地面はいつだって遠い。
本当のこと、本当の地面は、いったいどこにあるのか。
誰もきっと、知らないことなのだ。