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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第10話 あなたと見た夢の先へ
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4

 翌朝、頼成は阿也乃の車を運転して海沿いの道をひた走っていた。助手席には腕の怪我の処置を終えた佐羽が座って呑気に船を漕いでいる。このようなときだというのに寝起きの悪さは相変わらずだ。しかし頼成にとってそんなことはどうでもよかった。

 昨夜西日の射し込む赤い世界で緑が告げた可能性。それは彼にとって最後の賭けになった。緑は頼成にこう言ったのだ。


「君の想像は正しい。勇者の記憶はデータ化されて保存されている。でもそれは阿也乃の地下サーバ室からでは閲覧することしかできない。データが欲しいのなら、別のデバイスからアクセスする必要がある。大丈夫、君はそれがどこにあるのか知っているよ」


 彼が語ったのはおそらく、阿也乃の僕である彼が口にすることを許された最低限の情報だったのだろう。だからこそ頼成はこうやって車を走らせている。それは本当にか細い可能性の糸だ。しかしそれが見えている限りは手繰ってみる意味がある。

「どっちにしろ……るうかに会えるならやる価値はあるしな」

 そう呟いて頼成は佐羽の手元に置かれた機械にちらりと視線を向けた。それは例によって発信機の電波を受信するための装置で、今は広域地図と共に赤い点が移動している様子が表示されている。るうかの体内にあるだろうカプセル発信機の電波を捉えているのだ。

「……にしてもあいつ、なんで朝っぱらからこんなとこにいるんだ? 速度からすると自転車か? で、向かう方向はどう見ても」

 ぶつぶつと言いながら頼成はしっかりと前方を見てハンドルを握る。道路の脇を“尖峰(せんぽう)市”と書かれた看板が通り過ぎる。彼がるうかと共に同じ道を走ったのはつい先日のことだ。頼成にとっては何物にも代えがたいほどに大切な思い出となっているあの日のデートも、今のるうかの記憶には残っていないのだろう。そのはずなのだが、受信機に表示された赤い点はほとんど速度を変えることなく尖峰市の中心街を少し外れたところから山側に向かって伸びる県道へと入っていく。まさにあの日頼成が辿ったのと同じ道を行くるうかの後を追うようにして頼成もまた尖峰市の中心街へと車を走らせた。

 斜面に連なる住宅地を抜けて、林に覆われた山道を登る。橋を渡ってさらに行くとやがて視界が青に覆われる。“シウニンインカルシ展望台”と書かれた粗末な看板と、少し錆びた小さな自動販売機が置かれただけの広い駐車場に車を停めた頼成は助手席に佐羽を残したまま車から降りた。

 空の青と海の青とに挟まれた境目、その一番端に当たる柵にもたれるようにして、茶色く長い髪をおさげにした少女が赤い自転車と共に佇んでいる。エンジン音で頼成達の存在に気付いたのだろう。少女はゆっくりと、こわごわと頼成の方へ振り返った。

 少女の黒い瞳が頼成の姿を捉える。頼成は彼女を怖がらせないようにゆっくりと近付いていこうとして、3歩歩いたところでその気遣いを諦めた。感情のままに彼女に駆け寄った頼成はその小さな身体を力いっぱい抱き締める。腕に、胸に感じる彼女の温もりが。彼女の鼓動が愛しくてたまらなかった。生きている彼女に触れている、その事実だけでもう頼成は震えるほどの幸福に包まれていた。

「……あなたが、槍昔さんなんですね」

 頼成の腕の中、わずかに硬い声で少女……るうかがそう問い掛ける。彼女は真っ直ぐに頼成を見つめていた。緊張した面持ちの中にも何か強い決意のようなものが秘められているように感じ、頼成は改めて彼女の顔を見る。何を言えばいいのか分からずに黙った頼成に対して、るうかは背負っていたバックパックから1枚の紙を取り出して頼成の目の前に突き付けた。

「魔法の手紙、だそうです。私の捜し物はここにあるらしいです」

「……魔法の、手紙?」

「信じられませんけど、でも、私はどうも大事な記憶をどこかになくしてしまったみたいで。あなたのこともそうです。友達も、お母さんもあなたのことを知っているのに私が知らないなんておかしいです。あなたは私の彼氏、なんですよね?」

 真っ直ぐな視線が睨むような鋭さで頼成を射抜いてくる。そうはっきりと問われると一瞬ひるんだ頼成だったが、ここでたじろぐわけにもいかない。彼は大きく頷いた。

「ああ、そうだ。俺はあんたの彼氏で、あんたは俺の大事な彼女だ。あんたが俺を忘れたくない、会いに行くって書き残したから、俺はここまであんたを迎えにきた」

 この展望台はいつか緑が頼成に教えた場所だ。少し特別な場所だからいつかるうかと行ってみるといい。そう言って彼はここを頼成に教えた。そのとき頼成はここが夢の世界と繋がる場所なのではないかと考えた。そういう場所がこちらの世界に何箇所もあるのだと、それを教えてくれたのも緑だった。

 阿也乃の家のサーバ室からでは閲覧することしかできないという勇者の記憶データも、ここからならどうにかして吸い上げることができるのではないだろうか。頼成は緑の発言からそう推測してここに来たわけだが、るうかもまた魔法の手紙とやらに導かれたというのならばそこにはまた別の作為的なものを感じる。

 頼成は色々と思考を巡らせながらじっとるうかを見つめ続ける。するとやがてるうかの方がほんのりと頬を染めて視線を逸らした。その首元に揺れる細い鎖に気付いて頼成は思わず「あ」と声を上げる。それは小鳥が木の実をついばむ様子をデザインしたピンクゴールドのネックレスで、赤い木の実に空色の葉がさりげなく絡みつくようにあしらわれ、枝をモチーフとした繊細な細工が施された可愛らしい品だった。頼成は再びるうかを抱く腕に力を込める。るうかは困ったようにさらに頬を赤くしたが、そこから逃れようとはしなかった。

「……どうしてでしょう。覚えていないのに、全然知らないのに、なんだかあったかくて安心します」

「でも、怖いだろ。どうして記憶がないのか……昨日目が覚めるまでのあんたがどこで何をしていたのか、気になるだろ。あんたが望むなら、その記憶を取り戻すことができるかもしれない」

 確実じゃないし危険もあるが、と付け加えて頼成はるうかの様子を窺った。るうかは頬の赤みを引っ込めて大きく見開いた目で頼成を見る。

「できるんですか……? いえ、できるかもしれないんですか」

「先に言っておくが、失敗したら悲惨だぞ。あんたは思い出したくない記憶に苛まれて気が触れちまうかもしれないし、下手をすると生命まで落としかねない。それくらいリスクの高い賭けだ」

「でも、それをしないとあなたを思い出すことはできないんですよね」

「思い出さなくても、もう一度関係を作り直すことはできる。あんた、どうやら俺のことを嫌がってはいないみたいだしな」

「その方が安全、っていうことですね。でも嫌です」

 きっぱりとるうかは言い切り、頼成はその潔さにいっそ頭を抱えたい衝動に駆られた。何故そう言えるのだろうか。頼成の弱った表情を見ながらるうかはどこか悪戯っぽく笑ってこう言う。

「ここまで来るの、すごく大変だったんですよ。4時間かかったんです。もっとかな? 知らない町だし、山道はきついし、私もう脚がぱんぱんになっちゃいました。それで記憶のひとつも取り戻せないで帰るなんてなんだかすごく勿体ないです」

「俺に会えただけじゃ不服ですか」

「あなたは、あなたのことを覚えていない私でいいんですか?」

 卑怯な言い方だ、と頼成は思わず口元を歪める。そう問われれば答えはひとつしかない。

「いいわけないでしょうが。ああもう、分かった。やれるだけやってやる。そしてもし失敗したらその時は俺が全部責任を取ってやる。たとえあんたが何も思い出せなくても、廃人になっても、死んじまっても、俺が一生かけてあんたを守る。ずっと傍にいる」

「……っ、や、りむかしさん」

 るうかはうろたえた様子で目を瞬かせた。彼女の口が小さく動き、「まるでプロポーズみたい」と囁く。それを聞いた頼成は顔から火が出そうな程の恥ずかしさに襲われたが、それでも勢いのまま彼女を抱き締めて言う。

「ああ、そのつもりだ! ここまで来てあんたを手放せるか。記憶が戻ろうが戻るまいが関係ねぇ。あんたは俺のもんだ!」

「そこまで言われるとちょっと困るんですけど」

 記憶のないるうかは律義にそう反論したが、頼成はふんと鼻を鳴らして彼女を見つめる。発言を撤回するつもりは毛頭ない。そんな彼を見てるうかもこれ以上何を言っても無駄と判断したのだろう。小さく溜め息をついて一度目を閉じた。少しばかり疲れた様子の彼女が右手で自分の前髪をかきあげ、頼成はそこにキラリと光った何かがあることに気付く。

「るうか、それ」

「え?」

 頼成が呼ぶと彼女はすぐに右手を彼の方へと差し出した。これですか、と問う彼女の右手小指には変わった石があしらわれた小さなリングが嵌っている。頼成はるうかに断りを入れてから指先でそれに触れた。途端に辺りに光を帯びた青い文字の列がぶわりと広がる。

「何、これ」

 自分達を何重にも取り巻くように広がった青い帯状の文字列を見てるうかが声を上げる。一方、頼成はそれが何らかの呪文であることを確信していた。向こうの世界で見られるものと同じだ。ということはつまり、やはりこの場所は何かの形で向こうと繋がる場所であると考えて間違いない。

「魔法だ。いける……ちょっと待て、今読む」

「読めるんですか……?」

 るうかは不安そうに尋ねる。彼女にはこの文字列の意味が分からないのだろう。元々治癒術以外の魔法とは縁のなかった彼女にとって、それ以外の呪文はたとえ記憶があったとしても解読できるものではない。しかし頼成は賢者、そして聖者としての経験と才能からほとんどの呪文を読み解くことができる。いける、と彼は再び呟いた。

「アクセスキーが入力済になっている、ってことはこの指輪に何か仕込まれていたってことか? アイテムに呪文を仕込むっていったら緑さんか浅海さんかってとこか……とにかくここがデバイスになっているなら直で漁るのが手っ取り早い」

「……あの、話が全然分からないんですけど」

 困ったように言うるうかに頼成はニッと人の悪い笑みを浮かべてみせる。るうかの顔がわずかに青ざめた。

「お膳立てされている気配があちこちにある。ならそう悪いことにもならねぇだろ。……行くぞ、るうか」

「あ、あの」

「悪いが異論は認めない。もうここまで来てぐだぐだ言っても仕方ねぇんだ」

「そうじゃなくて!」

 るうかは強い調子で言うと、自分から手を伸ばして頼成の顎をぐいと掴んだ。

「痛っ!?」

「人の話も聞いてください。槍昔さん、私はあなたのことをすっかり忘れているんです。彼女なのにひどい話です。でもとにかく、もう一度教えてください」

「え、何を?」

「あなたの下の名前を」

 頼成は虚を衝かれ、るうかに顎を掴まれたまましばし茫然とした。一方るうかの瞳はあくまで真剣である。この状況でそれを知りたがる彼女の心境がいまひとつ理解できないまま、頼成は自分の名前を彼女に伝えた。

「頼成。槍昔頼成」

「ライセイさん、ですね。分かりました」

 むん、とるうかは気合を入れるように頬に力を入れる。そして再びその小さな赤い唇に「ライセイさん」と呼び慣れない様子で頼成の名を載せた。頼成はまだ顎を掴まれた格好のままで苦笑し、そっとその可愛らしい唇に口付ける。るうかは驚いたように身をすくませたが、逃げたりはしなかった。

「あんたにまたそう呼んでもらえて嬉しい。が、それでも足りない」

「……責任は、取ってくださいね。信じていますから」

「任せろ。あんたにはたっぷり借りも恩もある……やっと返せると思えば気合も入るってもんだ!」

 頼成は大きな声でそう言うとるうかの身体を軽々と抱え上げた。ひゃっ、と声を上げる彼女の驚いた顔が好きだ。まだ高校生で、昨日17歳になったばかりで、あどけなさを存分に残した彼女がどれだけの覚悟でこれまでの戦いに臨んでいたのかと考えると頼成の胸は張り裂けそうになる。そんなことをさせていたのが他でもない自分達であるという罪深さに恐怖さえ感じる。それでも、彼女と共に戦った日々の記憶は彼にとって紛れもない幸福だった。それを再び彼女と共有したいと願うのはわがままかもしれないが、自然の道理というものだ。

「愛してる、るうか。あんたの捜し物を見付けに行こう」

「……」

 こくり、とるうかが頷いた。頼成は彼女の身体を抱えたまま軽く助走をつけると地面を蹴って柵を飛び越え、真っ青な空間へとその身を躍らせる。ぐるり、と視界が回ってどちらが海でどちらが空なのか分からなくなる。落下しているのか浮遊しているのかも分からない。はは、と笑う頼成の腕の中でるうかが小さく鼻をすすった。

「頼成さん……」

 私も、好きです。るうかがそう呟いたその時、2人の視界から色が消えた。

執筆日2014/05/16

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