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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第10話 あなたと見た夢の先へ
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 アッシュナークの都の広場には静かな夜の帳が降りていた。頼成は黒い腐肉の塊と化したるうかを前に座り込んだまま、じっと何かを考え込んでいる。事後処理のために街を巡っていた佐羽と湖澄(こずみ)がそこへやってきて、気付いた頼成はすっくと立ち上がりながら2人へ視線を向けた。

「ああ……任せきりにしてた。悪い」

 しゃがれた声で言う頼成に佐羽が露骨に顔をしかめる。湖澄もまた不快感を顕わにしながら、しかし何も言わずにただ小さく息を吐いた。しかし佐羽は表情を変えただけでは治まらない。

「そんなこと……どうだっていいよ」

「随分死んだんだろ。どうだっていいってこたぁねぇだろうが」

「どうだっていいでしょう。頼成……君は、一体何をしていたの? るうかちゃんが、るうかちゃんがこんな風になるまで戦っていた間、君は一体何をしていたのさ! るうかちゃんを守りたいんじゃなかったの!? そのために裏切るような真似までしたんじゃなかったの!? それが、その結果がこれって……君のしていたことは一体何だったんだよ!」

 怒鳴りつけた勢いのまま、佐羽は自分より10センチメートル以上背の高い頼成の首へと手を伸ばす。その手は頼成によって軽く振り払われた。

「何、って言われてもね」

「……何それ」

 何それ。佐羽はもう一度呟く。頼成は何も言わずに彼から視線を外して湖澄を見やった。

輝名(かぐな)は?」

「……犠牲者の確認と、残った神殿兵との連絡に追われているみたいだ。破門されたとはいえ、あいつは都の住民から頼りにされている。事態の収拾にはあいつの存在が不可欠だ」

「手伝ってやらなくていいのか。今あいつに“左腕”はないんだぞ」

「……ああ、必要ならいつでも手を貸すつもりだ」

 湖澄は淡々と言い、頼成もまた嗄れた声で今後のことについて話していく。ひとまず今夜の寝床の確保とるうかの遺体をどうするかを考える必要がある、と言った頼成に対して再び佐羽が大声を上げた。

「君って男は……! なんでそんなに落ち着いていられるんだよ!」

「取り乱したって仕方ねぇだろ。見ての通りだ、るうかは死んだ」

「……ふっ……く」

「てめぇが泣いてどうする。そりゃあ、俺だって散々動揺したが……結局どうにもならねぇんだよ、今更」

「頼成」

 湖澄が見かねた様子で頼成の名を呼んだ次の瞬間、佐羽が頼成の頬を殴りつけた。頼成はわずかに身体を揺らしたが、その足元は微動だにしない。彼は殴られた頬に軽く手を当てながら佐羽を見る。

「てめぇも随分るうかに懐いたもんだな。そんなに辛いのか」

「なんで君はそんなに落ち着いているの。信じられない、分からない……俺、下手をしたら今すぐここで君を殺してしまいそうだよ」

「そりゃあ困る。おい佐羽」

 よいしょ、と頼成は面倒臭そうに佐羽の胸倉を掴んだ。そのゆっくりとした動作に佐羽が怪訝そうに顔をしかめた次の瞬間、頼成は彼の身体を捻るようにして地面へと投げつける。お返しだ、と頼成は低い声で呟いた。佐羽は痛みに呻きながらも射殺しそうな目つきで頼成を睨む。

「殺されたいの……? ははっ、死んだらるうかちゃんに会えるとでも!?」

「落ち着け。佐羽、ここでいくら足掻いたってどうしようもねぇだろうが」

「ああもう意味が分からない! 君がいない間、るうかちゃんがどれだけ……」

「俺がいたって変わらなかった。そりゃ、多少の慰めならできたかもしれないがそれだけだ。そんなことは重要じゃねぇんだよ、今となっちゃあな」

 こつ、と頼成はブーツの踵を鳴らして歩き出す。残された腐肉を乾いた風が散らしていく。いいのか、と湖澄が問い掛けた。頼成はそれには答えず、背後の湖澄に向かって言葉を投げる。

「大変だな、“二世”ってのも。八つ当たりはしたくねぇが、どうして教えてくれなかった」

「……少し考えれば分かることだ。単純な生物学の問題だ」

「クローン技術で生み出された生物の体細胞老化の速度については諸説ある。大体、クローン技術で勇者なんてものを作ろうとしている時点で“一世”達がその問題点を改善していないはずがねぇ。遺伝子を初期化できれば寿命の短絡は起こらない」

「生憎、遺伝子学や発生学について俺はお前程詳しくない。ただ知っていたのは、勇者として生み出された人間は4・5年程度で“天敵”化するリスクを負っているということだ。それは過去のデータから実証されていて、今のところ覆った例はない。……いや、違うな。舞場さんはどういうわけか目覚めて半年でこういう状態になった」

 早すぎる、と困惑した様子で呟いた湖澄に対して頼成はうんざりした顔つきで告げる。

「それこそ少し考えりゃ分かるだろ。あいつは未完成のクローン体だったんだ。あいつはゆきさんが培養を終える前に自分で培養槽を壊して外に出ちまった。挙げ句に散々怪我をして、その度に俺達の治癒術で治療して、それが細胞の異形化に拍車をかけた。ああ、そうだ。元はと言えば俺があいつに……あのアクリルケースの中で培養されていたあいつにしつこく話し掛けたりしたからだったのかもなぁ。それであいつは培養が完了する前に目を覚ましちまった。だから4・5年はもつはずだった身体が半年しかもたなかった。だが今頃それに気付いて何になる? “二世”の制約か何だか知らねぇが、せめてもっと早く教えてくれれば少しでもあいつの寿命を延ばせたかもしれねぇのに」

 頼成の言い分に、湖澄はしばらくの沈黙の後で「それも根本的な解決にはならない」と悲しげに首を振った。

「確かに、俺は初めからこの世界での舞場さんの存在が長くはもたないことを知っていた。だがそれをお前達に知らせたところで意味があるとは思えなかった。与えられた時間がどれだけなのかは究極のところ誰にも分からない。ただいつか来る別れのときまで、育んだ関係を大切にしていければそれが一番だと思っていた」

 それしか願えなかった。湖澄はそう呟いて項垂れる。彼にも強い後悔と自責の念があるのだろう。頼成はそんな彼を少しだけ優しい目つきで眺め、それからふんと鼻を鳴らした。

「やめよう、こんな話は無駄だ。きついこと言って悪かったな」

「頼成」

「あと佐羽、言っておくが俺は諦めねぇぞ」

 じろり。凶悪とも取れる眼差しで佐羽を睨みつけた頼成に、睨みつけられた佐羽はぎょっと目を剥く。どういう意味だよ、と詰め寄る佐羽に頼成は強い口調でこう言い切った。

「俺はあいつを取り戻す」

 は、と佐羽が吐き捨てるように笑う。彼は頼成を完全に馬鹿にした様子で見やり、顔を歪める。

「できもしないことを言わないでよ。ああそっか、君、るうかちゃんを亡くしてすっかり頭がおかしくなったんだ。そうに違いない」

「お前こそどうして可能性を否定する? 今まで俺らを助けてくれたるうかの姿を忘れたわけじゃねぇだろうが。あいつは一度だって諦めたか?」

「あのね、頼成。確かに……るうかちゃんは向こうの世界で生きている。俺達はまた彼女に会うことができる。でも彼女はもう、俺達のことを欠片だって覚えてはいないんだよ」

 幼い子どもを諭すように、佐羽はゆっくりと穏やかな声音で、しかし有無を言わせない強さで告げる。

「思い出させようとするならそれこそ拷問だ。この世界でのことを思い出せば、彼女は自分が死んだ瞬間のことも思い出す。今までどんなに困難なことがあっても逃げ出さずに戦ってきた子なんだ。きっと、自分の死さえも真正面から受け止めてしまう。そうしたら向こうの世界の彼女の心が無事でいられる保証はない」

 人は夢の中で死に、それを受け容れてしまうと現実に死んでしまうらしい。そのため、夢の中での死にまつわる記憶は消える。それが定説であり、常識だった。湖澄もそれについては何の異論もないようで、気遣わしげに頼成を見ながらも佐羽の意見を支持する。

「向こうでもう一度舞場さんに会ったとして、この半年の間の記憶は彼女にはない。そこから新しく関係を築くのか」

 そう言って湖澄はわずかに肩をすくめる。

「輝名はそうしたらしいが」

「……ああ、らしいな」

「知っていたのか」

「浅海さんが教えてくれた。なぁ湖澄、俺に輝名みたいな馬鹿で気障な真似ができると思うか? 高校に乗り込んで授業中にキスまでするって馬鹿も大概にしろって話だろ。大体、俺はあそこの卒業生だ。嫌でも目立つし、後々るうかがどれだけ恥ずかしい思いをするか……」

「そういう問題か」

 湖澄は呆れ返った様子で溜め息をつく。重要なことだろ、と頼成はあくまで真面目な顔で言った。灰色の瞳が赤く充血している。彼も夕刻から今までで随分と泣いたのだ。泣いて、叫んで、そうして考えたのだ。

「俺はこれ以上るうかに面倒をかけさせたくはねぇ。だが、あいつのことをこのまま手放したりもできねぇ。あいつのいない生活なんて考えられない」

「気持ちは分かるけど」

 佐羽が頼成を憐れむように見て、「俺も同じだよ」と小さな声で付け加える。だったら、と頼成は佐羽の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。

「協力しろよ」

「……は?」

「湖澄、お前もだ。力を貸してくれ。勿論“二世”の制約に触れることまではしなくていい。ただ可能なだけの情報の提供と……あとはお前の向こうでの立場を利用させてくれ」

 頼成の発言に佐羽と湖澄は互いに顔を見合せた。そんな2人を見ながら頼成はその口元に笑みを浮かべてみせる。暮れた都の広場で、汚泥のような染みと腐肉の臭いが残るその場所で、頼成は勇ましく笑っていたのだ。

「頼成、君……何をする気?」

 佐羽が不気味なものでも見るかのような目つきで友人を見て、頼成は澄ました顔でふんと鼻を鳴らす。佐羽は改めて彼を睨むと、噛んで含めるように言う。

「あのね。言っておくけど……るうかちゃんを酷い目に遭わせるような、そんなことは考えていないよね? もし彼女の記憶を取り戻させるとか、そうして自分のことも思い出してもらおうとか、そんな都合のいいことを考えているんだったらそれこそ夢物語だ。そんなことをしたらるうかちゃんは本当に死んでしまうかもしれないんだよ。もしも君がそういう馬鹿げたことをしようと考えているなら、俺は刺し違えてでも止めるからね」

「安心しろ、佐羽。誰がこれ以上るうかを死なせるか」

 頼成はそう言い切ったが、ふと思い付いた様子で「いや」と首を振る。

「まぁ万が一うまくいかなけりゃ……その時は遠慮なく俺を殺せ。それで気が済むんならな」

「はぁ!?」

 佐羽は鳶色の瞳を見開いて何かを言おうとしたが、その前に湖澄が彼を遮って頼成との間に割って入る。湖澄もいつになく焦れた様子で、不安の色を瞳に浮かべて頼成を見やった。

「もういい、余計なことは要らない。お前が何を考えているのか、それを聞かせてもらおう」

 勿論だ、と頼成は答える。その表情はやはり薄い笑みを浮かべたままだった。

執筆日2014/05/16

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