表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第9話 赤色のオブリビオン
37/42

4

 赤い光がカーテンを透かして入り込んでいる。るうかは薄目を開けてその色を眺め、やがてハッと目を開いて飛び起きようとして、いやいや待て待てと呟いた。寝ている姿勢から急に身体を起こすといけないと、以前母親であり看護師の資格も持つ順からきつく言われたことがある気がする。確か起立性低血圧がどうとか言っていた。細かいことは分からないものの、るうかは順の言いつけを守って横を向きながらゆっくりと起き上がる。

 どうやら昨夜は夕食の後で部屋に戻って食休みをし、そのままぐっすりと眠ってしまったらしい。何か夢を見ていたような気がするが、思い出すことはできない。カーテンを開けると見事な朝焼けが住宅街を朱色に照らしていた。るうかはしばらく目を細めてその光を見つめたあと、再びカーテンを閉じる。心なしか身体中が強張っていた。

 ダイニングに行くと両親はすでに出掛けた後で、テーブルの上にメモと封筒が置かれていた。メモは順からるうかに宛てた書き置きであり、そこには急いで出掛けたであろう順にしては随分と丁寧な文字でこう書かれていた。

“仕事行ってきます。今日は無理しないで身体を休めること。それと、昨日槍昔くんが来たんだけど、るうかには知らせないでほしいって言うから誤魔化しちゃった。でもやっぱり知らせた方がいい気がしたから、遅くなっちゃったけど書いておくね。ケーキの残りは冷蔵庫です。母より”

 メモを見たるうかはその場で茫然と立ち尽くす。槍昔、というのは昨日理紗が言っていた“彼氏”のことだろうか。順が知っているということはるうかも知っていて当然だろう。しかも昨日来た、というのはもしかすると夕食前のあのチャイムがそうだったのだろうか。槍昔というのは一体誰で、何のためにるうかの家を訪ねてきたというのだろう。もしも本当に彼がるうかの恋人だというのなら、そしてその安否が気になって訪ねてきたとでもいうのなら上がっていけばよかったはずだ。どうして彼はそうしなかったのだろう。そして何より、どうしてるうかは彼について全く知らないのだろう。

「意識不明になって記憶までどっかに落としちゃったとか」

 呟いて、るうかはその可能性もないではないと考える。だとすればどうにかすれば思い出せるのかもしれない。しかしいくら記憶を辿ってみても槍昔という名前に心当たりはないし、彼氏という存在が自分の傍にいたとはどうしても信じられないのだった。

 るうかは「うう」と呻きながら、とにかく隣に置かれた封筒を手に取る。こちらはるうか宛の手紙のようで、差出人は“春国大学文学部教務課”となっていた。春国大学と言えば近隣で最も難関といわれる有名大学である。受験を来年に控えたるうかとしては気にならないではない名前だったが、生憎そこの文学部に進学する予定など全くない。ではどうしてそのようなところから封書が届いているのだろうか。不審に思いながらもるうかは丁寧に封筒を開いて中の手紙を取り出した。

中には“オープンキャンパスのおしらせ”というタイトルと共に大学構内の案内と講義見学可能な日程についてが詳細に記されていた。最後に“このおしらせは日河岸市内の高校2年生全員を対象に送付しております”とあり、そこでるうかは「ん?」と首を傾げる。高校を通して案内状が来るというのなら分かる。しかしこのように個人宅に直接封書が届くというのは妙ではないだろうか。個人情報の保護が重視される昨今、いくら大学からの案内状送付のためという名目であっても市内の高校2年生全員の住所が提供されるとは考えにくい。

 怪しい、とるうかが手紙の文面を睨んだそのときだった。A4サイズの紙をちょうど埋める程度に密に書かれていた文面がぐにゃりと変形し、見る間にその形を変えていく。るうかは驚いて手紙を取り落としそうになったが、何とかその変化を見届けようと必死に紙を握り締めた。解けた文字が線となり、どこかの地図を形作っていく。そして最後に手紙の冒頭に書かれた題がこう変わった。

“捜し物はこちら(※この手紙は魔法の手紙です)”

「まほう……魔法って。でも」

 こんな手品があるものだろうか。人が見ている目の前で文字が変化するだなんて、テレビのマジック特集番組でも見たことがない。るうかは少し悩んで、改めてそこに描かれた地図を見る。とても単純な地図だ。それもそのはずで、それはこの大きさの紙に収めるにはあまりに広すぎる範囲の地図だったのである。主な道路と曲がり角の目印、そして終着点らしき場所の地名だけが書かれたそれを元に果たして辿り着けるのかどうかも危ういところだ。

 しかしるうかはその地図を食い入るように見つめる。“捜し物”とは一体何を指しているのか。この手品は一体誰によって仕掛けられたものなのか。悪戯なのか、そうでないのか。いくつも湧き上がる疑問が興味となってるうかを手紙へと引き付けていく。

「……ああ、もう!」

 るうかは手紙をその場に残し、自分の部屋に取って返す。部屋着から動きやすさを重視した外出着へ着替えると、昨夜からつけたままのネックレスとリングはそのままに洗面所へと急行する。顔を洗い、髪を整え、いつもはしない三つ編みで長い髪が暴れないようにしっかりと留めた。何しろこれから大いに風を受ける予定なのだ。

 書き置きを残した順に朝食を準備するだけの時間はなかったようで、るうかは冷蔵庫から適当に昨日の残りの料理や豆腐といった調理なしで食べられるものを取り出して簡単な朝食をしっかりと食べる。これから大いに体力を使う予定だからだ。

 それから食器を片付け、手紙を持って部屋に戻ったるうかはそれを普段は使わないバックパックに詰め込む。勿論、完全に充電された赤い携帯電話を入れることも忘れない。

 すっかり出掛ける支度を整えて、そこでるうかはふと我に返って立ち尽くす。自分はどうしてこんなにも行動的になっているのだろうか。るうかは元々あまり冒険をしたがらない、どちらかといえば臆病な性質の少女だった。誰かを助けたいという思いがあっても、それをどう実行に移せばいいのか分からずにただ話を聞くだけということがほとんどだった。

 いや、そうではなかった気もする。たとえば誰かを救うために生命すらも懸けられるかと問われれば、るうかは答えに迷う。できない、とは言えない。するかもしれない、と思う。したこともないくせに、と自嘲気味に笑えばその笑顔は途中で強張った。

 なかっただろうか。本当に、他人を救うために生命を懸けたことはなかっただろうか。あるはずがない、とただの女子高生にすぎないるうかは理屈で理解している。しかしそれでも胸の奥底で否定する何かが小声で叫ぶようにその存在を主張していた。違う、違う、るうかにできることはまだまだたくさんある。声はそう叫んでいた。

「なんだかもう、分かんない。……よしっ」

 るうかは決断した。思い出せない名前が気になる。得体の知れない手紙が気になる。その胸の奥で熾火のようにちらつく感情が気になる。ならば、行くしかない。

 バックパックを背負い、真新しい鍵をひとつ掴んで玄関扉を勢いよく開ける。閉めるときは丁寧に、そして間違いなく鍵を掛けたことを確認した。横目に目当ての物を確認してるうかは再び「よし」と呟く。

 玄関の脇に置かれた真新しい自転車は朝日に照らされてキラキラと眩いほどに輝いて見えた。目的地までの道順は地図を見てもはっきりとは理解できないが、行ってみれば案外何とかなるかもしれない。距離も正確には分からないが、自転車でならば行けないことはないだろう。そう思ってもう一度地図を取り出して確認すると、隅の方に小さく“道程は約40km 徒歩8時間程度”と書かれていた。

「……うん、やっぱり歩けるわけないよね」

 自転車でも数時間はかかりそうな距離だ。るうかはこれまでにそれほどの距離を走ったことはなかったが、地図を見る限りでは公共の交通機関を使って目的地まで辿り着くことはどうやら不可能らしい。電車とバスを乗り継いでもどうしても途中までしか行けないのだ。そしてそこから目的地まではまだかなりの距離がある。勿論タクシーなどを使えるほどるうかの懐事情に余裕はなかった。ならばやはり自転車を使うしかない。

 るうかは大好きな赤色をした自転車に飛び乗ると、ふんっ、と鼻息も荒く勢いをつけてペダルを漕ぎ出した。その右手の小指に嵌められたピンク色のリングがキラリと光る。まだ夜が明けたばかりの静かな住宅街をかなりの速度で駆け抜けたるうかは、土曜日でも車通りの多い幹線道路を慎重に、しかしできる限りの速さで目的地へ向かって自転車を走らせた。

 三つ編みにした髪をなびかせるその姿はさながら赤い翼を広げて低空を飛ぶ鳥のようだった。

執筆日2014/05/10

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ