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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第7話 ロストラストメモリー
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3

 輝名(かぐな)の行動はそれを見ていた者全員の度肝を抜いたが、結果として彼は再び侑衣との繋がりを取り戻すことに成功した。戦果を引っ提げて侑衣の前に出る、と言っていた彼がどうして向こうの世界でのことが解決するより前にこのような強引な手段に打って出たのかは分からない。それでも彼はやってのけた。るうかはそのことに一種の感銘を受けていた。

 かと言って、頼成に同じことをされたらやはり思い切り跳ね付けてしまう奇妙な自覚があったが。

 放課後になって学校を出たるうかは1人で地下鉄駅近くの喫茶店に入る。そこでコーヒーをオーダーし、それが出されるまでの間にそっと外へ出て携帯電話を開いた。 いつも彼女が愛用している赤い携帯電話の方である。アドレス帳を開き、そこについこの間登録したばかりで一度もかけていない番号を捜し当てた彼女は通話ボタンを押して電話を耳に当てた。7コールで繋がった相手に対してるうかの方から呼び掛ける。

「……もしもし、佐保里(さおり)さんですか」

『その声はるうかさんですね』

 笑みを含んだ声は紛れもなく浅海佐保里のものであり、るうかは少しだけホッとしながらそうですと答える。この番号は以前佐羽から教えてもらったものだが、それが本当に佐保里に繋がるかどうかは分からなかったのだ。何しろこちらの世界では暴力団とも繋がりがあるような彼女のことである。携帯電話の番号など頻繁に変えていてもおかしくはないし、また知らない相手からの着信に出るかどうかも分からなかった。あるいは彼女の方ですでにるうかの携帯番号を把握しており、確信を持って通話に応じたのかもしれない。しかしそれはるうかには確かめようのないことだった。

「話があります。私が通う高校の最寄りの地下鉄駅のすぐ近くに喫茶店があるのを知っていますか?」

『安いパフェが評判のお店ですね。知っていますよ』

 さすが佐保里というべきか。るうかや頼成達の行動範囲くらいは把握しているだろうと思ったが、どうやら当たりらしい。それは不気味でもあったが、今のるうかにとっては都合がよかった。

「その店です。時間があるなら、来てください。待っています」

『いいですよ、こちらもちょうど授業が一段落したところですから。少し待っていてくださいね』

 佐保里は特に何も問うことなくそう言って通話を切った。るうかは店の中に戻り、出されたコーヒーを飲みながらじっと彼女がやってくるのを待つ。果たして佐保里は20分程経ってから店に現れた。襟元の広く開いた白いシャツにレースの切り替えが入った紺色のニットのカーディガンを羽織り、下はふんわりとしたピンクベージュのスカートでいかにも女性らしく清楚な格好をしている。黒髪を揺らして現れた彼女にるうかは束の間見とれ、それからきりりと表情を引き締めた。

「来てくれてありがとうございます」

「あなたからの呼び出しであれば応じない理由がありません。勿論、今は手を出せませんけれどね」

 佐保里はそう言いながらるうかの向かいの席に座り、るうかと同じブレンドをオーダーする。彼女の言い分はこうだ。自分はいつでもるうかを殺す機会を狙っており、そのためるうかに接触するまたとない機会を逃すはずがない。しかし今は頼成が彼女達と契約を交わしているためにるうかに手出しをすることはできない。

 簡単に言ってしまえば脅しである。今に始まったことではないが、るうかはそれでも背筋に寒気を覚えながらテーブルを挟んで座る佐保里と対峙した。

「昨日のアッシュナークでのことは知っていますよね」

 そう切り出したるうかに、佐保里はええ勿論と事もなげに頷く。

「兄が大変失礼なことを言ったようですね」

「そのことは別にいいんです。本当のことですし」

「随分寛大なんですね」

 佐保里がそう言ってわずかに呆れた表情を見せたところへ、注文していたコーヒーが運ばれてくる。るうかは一瞬すっかり温くなった自分のコーヒーを見て、そしてすぐに佐保里へと視線を戻した。とてもではないが追加の注文をしていられるような心境ではない。

「寛大だとか、そういう話じゃないんです。私達にはやらなくちゃならないことがあります」

「アッシュナークの住民をテロから守る、ですか。そのテロリストを操っているのも兄ですよ。今年の春に起きた事件の犯人グループはその一派です。元々は地方の神殿に勤めていた戦士や魔術師だったのが、神殿のやり方に異を唱えて一部が離反しました。兄は正体を隠して彼らに接触し、その勢力を拡大するために手を尽くした……大体30年くらいかかりましたね」

 白いカップに唇を当て、佐保里は熱いコーヒーを上品な仕草ですする。美味しいですね、とその笑顔がるうかを見た。

「神殿のやり方に反発が出るのは当然です。神官の犠牲の上に成り立つ治癒術を認められない人々は少なからずいます。兄はそれを逆手に取り、来るべきアッシュナーク崩壊の日のシナリオを練り上げてきた……それが今、というわけです」

「……何も聞いていないのに随分色々教えてくれるんですね」

「ええ、だって今のあなたにだったら話しても支障のないことですから」

 にこり、と佐保里が微笑む。楽しそうに、嬉しそうに。そして憐れむように。るうかは一度目を閉じ、深呼吸をした。そして改めて佐保里を強い眼差しで見つめる。

「さすがですね」

「何がですか」

「ついでに教えてもらえませんか。どうして……いえ、勇者ってそもそも何なんですか。“そういうもの”なんですか?」

「“そういうもの”というのは」

 くす、と佐保里が思わずといった調子で笑みを漏らしながら、その頬を綺麗に持ち上げていっそ恍惚としたような表情でそれを口にする。

「限られた時間でのみ効果を発揮する特殊な駒……強く脆弱な、張りぼての英雄。その生命がとても短く限られている、そういうものだということですか」

 笑みの形をした唇から紡がれる言葉は毒針のようにるうかの胸に刺さり、全身を恐怖に痺れさせる。息をすることすら苦しくなった気がして、るうかはもう一度深呼吸をした。大丈夫だと自分に言い聞かせる。この世界ではるうかはまだまだ生きている。

「もう少し詳しい仕組みを教えてもらえませんか」

「知ってどうするんですか?」

「侑衣先輩の……勇者ユイさんの亡くなった理由をきちんと知りたいんです。手を下したのは、佐保里さん。あなたですよね」

「そういうことになりますね」

 佐保里はあっさりと自分の罪を認めた。るうかが彼女を睨むと、彼女は少しだけ首を傾げて微笑む。

「でも、私がしたことはただ彼女に治癒術を施したというだけです。実際に私はアッシュナーク大神殿で神官による祝福を受けていますし、私が使った術によって彼女の細胞に生じた異形化は全て滞りなく神殿地下の神官に転送されています。私の行動の中に彼女を殺す効果を持つものはなかった。これは本当ですよ」

「それでも手を下したのはあなたなんですね。今、そう認めましたもんね」

「そうです。これ以上のことはどうぞ自分で考えてください。そうですね、もしあなたが正しい解答を口にすることができたらご褒美をあげましょう」

 ご褒美? とるうかは怪訝な顔をして聞き返した。佐保里は澄ました様子でコーヒーカップを傾けつつ、その長い睫毛を瞬かせる。

「何がいいですか? そうだ、槍昔くんの喜びそうな洋服なんてどうですか? 私は彼についての情報も色々と集めていますから、彼が女性のどんな格好を好むかも知っているんですよ。インナーまで揃えて一式プレゼントしてあげます」

「ふざけないでください」

「ふざけてなんていないんですけれどね。だって、そうでしょう?」

 佐保里の黒い瞳、本当は紫水晶の色をしているはずのそれが妖しい光を宿してるうかを見る。そう、この午後の陽射しが差し込む喫茶店という場所にそぐわない妖艶な香りをまとった彼女がそこにいる。るうかは思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「何もかも忘れてしまう前に、一度くらい抱かれたいとは思いませんか」

「……な」

「月岡さんもご自分の死期を悟っていて、こちらの世界で有磯くんを訪ねたみたいですよ。その夜何があったのかまでは私は知らないですけれどね」

 侑衣が輝名のマンションを訪ねたということはるうかには初耳だった。どくどくと心臓が脈打ち、その度に夢の中で感じる痛みが蘇ってくる気がする。るうかは身体に気のせいではない熱を感じ、ぐっと喉を詰まらせた。

「ふざけないでください!」

ばん、とるうかはテーブルを叩いて佐保里を威嚇する。分かっている。こちらの世界ではただの女子高生でしかないるうかが何をしたところで彼女を驚かせることなどできはしない。証拠に、佐保里は揺れたテーブルからカップをすくい取ると再びそれに口をつけてゆったりとコーヒーの芳香を楽しんでいた。それでもるうかは憤りを抑えきれずにテーブルに叩きつけた拳を震わせる。

「侑衣先輩を……輝名さんを、馬鹿にしないでください」

「……あなたも真面目ですね。別にいいじゃないですか」

何でもないことのように言う佐保里はちらりとるうかに視線を送り、ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせる。

「まぁ、思春期にはそういう意味で潔癖といいますか、過敏になるのはよくあることです。でもあなただって槍昔くんとキスくらいはしているんでしょう? 彼も元々は女性を無理矢理手籠めにして路地裏に打ち捨てるような、それこそ落石くんよりもよっぽど残虐なことをしていたんです。恋人だからといって特別に大事にされているだけで、本性はそんなものですよ。甘い幻想の恋愛ごっこがしたいのならもっと相応しい相手もいるでしょう。そして、その程度のものであれば忘れてしまったって構わないでしょう?」

あなたくらい可愛ければ、相手はいつでも見付かりますよ。佐保里は至極どうでもいいことのようにそう言って、空になったカップをソーサーの上に置いた。カチャリ、という音にるうかの怒声が被さる。

「いい加減にして!」

目に涙すら浮かべて怒鳴ったるうかの前で佐保里がふわりと優しく笑った。ほら、と彼女は柔らかく諭すように言う。

「それだけの怒りを感じるということは、あなたは本当に槍昔くんのことが好きなんですよ」

執筆日2014/05/01

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