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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第5話 光射す此岸
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4

 るうかが選んだのは本当に小さな丸いクッションだった。大きなマカロンみたいだ、と頼成が言ってるうかは「本当に甘い物が好きですよね」と返す。重々しくうむと頷く頼成に笑いながら、るうかは赤とグレーの2つのクッションを手に取り、会計を済ませた。あ、と頼成が慌てたように財布を取り出したがすでに遅い。払うのに、という彼にるうかはグレーのクッションが入った袋を押し付ける。

「これくらいは自分で買います。はい、これ。そのうち部屋に置いておいてください」

「……しかも地味だし。あんたの趣味はそっちの赤の方なんじゃないの?」

「頼成さんの部屋に真っ赤なクッションがあったらそれはそれで落ち着かないなと思ったんです。私の部屋は元々結構赤いものが多いのでいいんですけど、やっぱり部屋に合わないものはしっくりこないなと。それに私、落ち着いた色も好きですよ」

「ま、あんたがいいならいいが。さて、次は何を見ますかね?」

「色々回ってみましょう」

 るうかはにこりと笑って頼成を見上げ、彼もまた楽しそうに頷く。ごく自然に繋がれた2人の手はゆらゆらと幸せそうに揺れ、それに伴って浮かれた足取りがショッピングモールの中の空気さえもほんのりと染めていくようだ。柄ではない、とるうかは思う。頼成もきっと同じ思いでいることだろう。それでも今は、今日だけは、まるで人目をはばかることのない少々恥ずかしいカップルのように歩きたい。隣町のここならば知り合いに会うこともないだろうし、とるうかは何度か胸の内で言い訳を繰り返した。

 洋服、靴、雑貨に文具。店主のこだわりを感じさせる品々を取り扱う店が並ぶショッピングモールを歩き続けた2人はそのフロアの片隅にあるシックな看板に目を留めた。どうやらアクセサリーを扱う店らしいが、たとえば有名ブランドだとか宝石店だとかといった敷居の高い所でもないらしい。気軽に訪れることができそうで、それでいて落ち着いた雰囲気のその店が気になったるうかは頼成の手を軽く引いて中に入った。

 中は商品を目立たせるために、棚ごとに照明が置かれている。そのため外から見るよりも店内は明るく、商品の陳列も丁寧で手に取りやすい雰囲気にまとめられていた。いい店だな、と頼成が感想を述べる。

「頼成さん、こういうお店に入ることってあるんですか?」

「1人では来ないが、佐羽とな。あいつこういうの結構好きだから」

 なるほど、店には女性向けの可愛らしいピアスやネックレスの他に、男性が好みそうなスマートなデザインのアクセサリーも数多く並べられている。普段からピアスなどのアクセサリーを愛用している佐羽ならばこういう店にもよく訪れるのだろう。一方の頼成はまず装飾品の類を身につけているところを見たことがない。

「頼成さんはつけないんですか」

 るうかが問うと、彼は少しだけ困ったような顔で口角を上げた。

「昔はつけてた時期もあった。ま、俺も悪さしてたから……その頃な」

「……あ、すみません。あまり思い出したくないことでしたか」

「いや、逃げるつもりもねぇから別に構いやしない。が、あんたにはあんまり聞かせたくないってのも本音ですかね」

「水臭いですね」

「聞いて楽しい話じゃあありませんから」

 肩をすくめる頼成に、るうかは小さく頷いてから軽く笑顔を向ける。気にしなくていい、と声に出さずに伝えてみる。伝わるだろうか?

 店の中には静かな音楽が流れていた。るうかは詳しくないので曲名などは分からないが、煌めく金色銀色のアクセサリーを引き立てるそれをとても綺麗だと感じる。そうして並ぶ商品を見ていると、不意に頼成がるうかの名を呼んだ。

「なぁ、あんたこういうのは?」

 そう言って彼が指差したのは羽根をモチーフに作られたシルバーのネックレスだった。彼はどうやらるうかと言えば羽根、というイメージを持っているらしい。それはそれで否定できないが、るうかは少し考えた後で隣の棚にある別のネックレスを指し示す。

「私はどちらかというとこういうのの方が好きです」

 それはごく小さな鳥が木の実を模した赤い石をついばんでいるという、凝った意匠のものだった。素材の色はピンクゴールドで、全体的に赤みがかった印象を受ける。頼成はそのネックレスを覗き込んでふぅんと唸った。

「こういうのが好きなのか。可愛いが、もうちょっと大人っぽいのもあんたには似合うんじゃないか?」

「子どもっぽいでしょうか」

「今は似合うが、もう少ししたら……いや、でもあんたなら20過ぎてもこういうのが似合うかもな。子どもっぽいってわけじゃねぇが、女おんなした感じよりも少女っぽいイメージが強い」

「……」

「こっちのはどうだ? それよりちょっと派手かもしれないが」

 そう言って頼成が次に示したのは、同じように小鳥が木の実をついばむ様子をデザインしたピンクゴールドのネックレスだった。どうやら先程のものと同じシリーズのようだが、こちらは赤い木の実に空色の葉がさりげなく絡みつくようにあしらわれ、枝をモチーフとした繊細な細工が追加されている。可愛いですね、とるうかの口から素直な感想が漏れた。

「なんだか物語の一節みたいです」

「凝ってるよな。どうだ、これ」

「いいですね」

 るうかが頷くと頼成はさっとそのネックレスを手に取った。そしてるうかが何か言うより早くそれを持って会計に向かってしまう。

「あ、ちょっと頼成さん!」

「せっかくのデートなんだからプレゼントのひとつくらいさせてくださいよ。俺もこれはあんたにすごく似合うと思う」

 振り返りながらそんなことを言われ、るうかは思わず足を止めて赤面する。目の奥がじんわりと熱くなって、彼女はそっと横の棚を見るふりをして視線を逸らした。

 そこにはいかにもカップル向けらしいペアアクセサリーのコーナーが設けられており、“イニシャル刻印承ります”という丁寧な表示が嫌でも目に付くように掲げられていた。るうかはいよいよ目のやり場に困って、先程のネックレスの売り場まで戻る。一度意識し始めるとこういうものは心臓に悪い。

 心なしか左肩の奥がずきんと痛んだ気がした。

 先程のネックレスがあった場所には同じシリーズのピアスやブレスレット、そしてリングなどが取り揃えられていた。赤い木の実をついばむたくさんの小鳥が可憐に並ぶそこにるうかの目は引き寄せられる。気が付けば鳥の羽根と木の枝をモチーフにした繊細な細工のリングを手に取っていた。そっと指にはめてみると、少々きついが入るには入る。家で水仕事を多くしているために爪も短く特に手入れもしていないるうかの手の中で、ピンクに輝くリングはどこか浮いて見えた。るうかは苦笑しながらリングを元あった位置に戻す。その後ろから頼成が声を掛けた。

「そっちも気に入ったの?」

 楽しそうな彼の声に振り向くと、はい、と先程のネックレスが入っているらしい小さな袋を手渡される。ありがとうございます、と言いながらるうかはそれをいやに神妙な仕草で受け取った。それからリングについてはただ見ていただけだと説明する。

「正直、指輪ってつける機会がほとんどないですし。ネックレスだったら今持っている服でも合わせやすいから、そっちの方がいいんです」

「そういうもんですか。別に四六時中つけてるわけでもねぇし、気に入ったなら買ってやるぞ?」

「そこまで甘えられません」

「あんた、俺を何だと思ってる? 彼氏だぞ、彼氏」

「1ヵ月はひとりでその気になっていたっていうエピソードつきの彼氏ですけれど」

「そこを今抉りますか」

 苦笑いする頼成にしてやったりという笑みを向けて、るうかはネックレスの袋を手に店を出る。頼成は少し遅れてついてきた。

「まったく、あんたもすっかり口達者になっちまって……いや、元からか?」

「どうでしょうね。慣れたのは大きいと思います」

「だな。それは俺としちゃあ嬉しいがね。……さて、店は大体こんなもんか?」

 時計を見ると午後4時を指している。昼が少し遅かったとはいえ、随分と歩き回ったものだ。そろそろか、と頼成は呟いてるうかをある場所へと誘った。

 そこはショッピングモールの屋上に設けられた海の見える展望台だった。またそこにはこの施設の目玉でもあるそれなりの大きさの観覧車がある。家族連れとカップルに人気の場所なのだが、今はどういうわけかほとんど人がいなかった。

「今の時間帯……このショッピングモールでは各店舗でタイムセールがある」

 頼成は得意気に胸を反らしながらそんなことを言う。つまりそれが理由で空く時間を見計らってやってきた、ということなのだろう。彼の用意周到ぶりに感心していいやら呆れていいやら悩みつつ、るうかは頼成に促されるままに彼と2人で観覧車に乗ることになった。

 空に溶け込む青に塗られたゴンドラに真っ先に乗り込んだ頼成はすぐにるうかの手を引いて海側の席に座らせ、自分はちゃっかりとその隣に陣取る。係員は何食わぬ顔で「いってらっしゃいませ。どうぞお楽しみください」などと言いながら2人の乗ったゴンドラのドアを閉めた。るうかが恥ずかしさに顔をしかめるのに対して頼成はわずかに係員の視線を気にしてからそっと彼女に耳打ちする。

「……悪いが、ちょっと真面目な話をしてもいいか?」

 頼成の声のトーンが変わったことに気付いてるうかはハッと彼を見る。彼の表情はすでに恋人とのデートに浮かれた男のそれではなくなっていた。どうやら彼がこの観覧車に乗った目的は、誰にも邪魔されずに夢の世界でのことを話すためだったらしい。るうかは小さく頷きを返す。

「アッシュナークでゆきさんが佐羽をけしかけてひと暴れした。住民に被害はなかったが、勇者ユイが犠牲になった。そこに浅海佐保里が現れて……とそこまでは聞いた。……で、それからどうなったんだ?」

 頼成は遠慮なく核心をついてくる。観覧車の所要時間はおよそ15分だ。急ぐのも無理はない。

「……それだけ、ですよ。ただ、今夜からアッシュナークでは鎮魂祭というお祭りがあるそうです。そこでテロが起こるという情報があって、その黒幕は……輝名(かぐな)さんによれば、どうやら浅海柚橘葉(ゆきは)さんその人みたいです」

「だからゆきさんは先手を打ったのか」

「本人がそう言っていました」

「その割には……不発か」

 頼成は難しい顔でるうかの肩越しに海を睨んだ。赤く染まりつつある海には何が見えるのだろう。

「不発ではないと思います。柚木さんの目的は……私達があの世界の希望であるということをアッシュナークの住民に印象付けることだったみたいですから。そういう意味では、私達はあの人の望んだように勝ちました。侑衣先輩は死ぬことでさらに英雄としての価値を高めました」

 けれど、とるうかは言う。

「それで鎮魂祭のテロが止められるわけではないだろう、と輝名さんは言っていました」

 侑衣の死の直後のことだ。彼は彼女の遺体を見つめながら苦々しげにそう言ったのだ。確かに柚木阿也乃の作戦は功を奏し、都の人々はたとえ鎮魂祭でテロが起きたとしても英雄の存在を信じて希望を持つことができるだろう。しかし一方でるうか達は侑衣という貴重な戦力を失ったのだ。浅海柚橘葉が仕掛けてくるテロに神殿の部隊とるうか達だけで対抗できるのか、どうか。それが彼女達にとって一番の不安だった。

 頼成はるうかの説明に頷いた後、わずかに自嘲気味に溜め息をつく。

「そんな重要な情報を教えられていなかった……ってことは、俺も随分軽く見られたもんだな」

「浅海さんも頼成さんのことを警戒しているんでしょう。いくら私という人質がいても、頼成さんが自分の信念を曲げる人じゃないってことをよく分かっているんだと思います」

「……はっ、そういうことならこっちにも考えがある」

 ニヤリ、と頼成はこれまでになく獰猛な笑みでるうかを睨んだ。そしてそれをふっと緩めて彼女の頭に手を置く。

「情報ありがとうな。これで俺も……動けそうだ」

「いいえ。……私達はアッシュナークの人達を守ります。何があっても」

「ああ。だが無理はするな。あんたに死なれたら俺は気がおかしくなる」

 真面目くさった顔でそんなことを言う頼成に、るうかは苦笑を作って返す。

「死にませんよ。私はこっちの世界の出身なんですから」

「……そうだな」

「……」

 ごめんなさい。るうかが小さな声でそう言うと頼成はそっと彼女の手から先程のネックレスが入った袋を抜き取った。そしてそれを開け、中身を取り出すと丁寧な手つきでピンクがかった鎖をるうかの首に飾る。

「……似合う。可愛いぞ、るうか」

「ありがとう……ございます」

 駄目だ、とるうかは諦めた。浮かぶ涙がぽろりと零れて、それを頼成のごつごつした指がすくい取る。るうかは無理矢理海を眺め、そこに滲んだ赤色に切ない未来を見た。夕刻の眩しい光が広い水面へと降り注ぎ、揺らめくそこに波の白がわずかに煌めく。生きている、とるうかは思う。海は生きている。自分は、生きている。今はそちらの側にいる。

 それから2人は観覧車が下に降りるまでずっと無言のまま手を繋いでいた。

執筆日2014/04/17

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