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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第4話 強く脆弱な駒
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 輝名(かぐな)の家で眠りに就き、夢の世界で目を覚ましたるうかは早速アッシュナークの都へ赴くための準備を始めた。準備といってもせいぜいが装備品の確認と体調のチェック程度である。左肩の痛みは今のところ治まっているようだ。そのうち湖澄(こずみ)がるうかの部屋の扉をノックし、るうかは彼を迎え入れて輝名とのやり取りについて話した。湖澄は軽く頷きながら言う。

「俺の方にも輝名から直接連絡があった。……それで、舞場さん。身体の具合は大丈夫か?」

 るうかの左肩を見ながら指摘した湖澄に対してるうかは軽く頷きを返す。大丈夫です、と告げた言葉に対して湖澄はわずかに目を伏せた。

「輝名は君の身体について何か言っていたか?」

「え?」

 首を傾げ、るうかは湖澄の瞳を探るように見る。その緑がかった淡い青の瞳はるうかを見ながらもどこか落ち着きなくその視線を揺らしていた。るうかは湖澄のその表情を訝しく思いながらも首を振る。

「いいえ、特に何も言っていませんでしたけど……」

 そうか、と湖澄は頷き何かを言おうと口を開きかけた。そこへノックもなしに佐羽が大欠伸をしながらずかずかと部屋へ上がり込んでくる。

「おはよー……湖澄駄目だよーるうかちゃんは頼成のものー」

「……何を言っているんだ」

 呆れ顔の湖澄がわずかに苛立ちを顕わにすると、佐羽は寝惚け眼で「んー?」と唸る。その片頬がぐにゃりと歪んだ。

「ふふ、俺の寝起きが最悪なのはいつものことでしょう?」

「そうだな。だが今朝は随分早くから起きていたようだが」

「そりゃあ俺だって緊張でよく眠れない日くらいあるよ。簡単に言うと、輝名から正式にアッシュナークで予想されるテロへの対応に関しての戦闘支援を要請された。俺達はこれからすぐにアッシュナークへ向かう」

「佐羽」

 湖澄は厳しい声で佐羽を呼ぶ。しかし佐羽は喋ることをやめない。

「異論は認めない。湖澄、俺とるうかちゃんと一緒にアッシュナークへ飛んで」

「……“一世”に何か吹き込まれたか」

 だったら何? と佐羽は顔を歪めて笑う。「“二世”の権限で止めるならそれもいいけれどね」と言う彼に対して湖澄は一度目を閉じて何かを考え込んだ。そしてやや時間を置いた後で改めて瞳を開いて佐羽と、そしてるうかを見つめる。

「分かった。佐羽、俺の方でも輝名から話は聞いている。アッシュナークの英雄記念館で待ち合わせる手筈でいいんだな」

「うん、それでお願い」

「舞場さん、本当に身体の調子は大丈夫なんだな? 向こうでは間違いなく戦闘になる。勇者である君は前線に駆り出される」

「大丈夫です、戦えます」

 るうかが請け負うと、湖澄はならば何も言うことはないというように大きく頷いた。


 アッシュナークの都を訪れるのは数ヶ月ぶりだった。湖澄は輝名と連絡を取るために何度か1人で訪れていたらしいが、るうか達はあまりこの都に近付こうとはしなかったのだ。何しろここは鼠色の大神官が治める領地の中心地である。大神殿では輝名が“一世”に対する監視の目を光らせてはいるものの、以前そこで神殿のあり方に異を唱える者達によるテロ行為が行われ、あわや都を巻き込む大惨事になるところだった。重要な場所であるが故に危険も多いこの都で、るうか達はその中央に位置する英雄記念館へと向かう。

 魔王の呪いによってその身を石と変えられながらも病や怪我に苦しむ人々を癒し続けた治癒術師や賢者達が静かに佇むその場所は、大神官領であるこの地の中でも特別な場所だ。常に静謐な空気と侵しがたい雰囲気をまとったその建物までは賑やかな広場が続く。広場の突き当たりには図書館があり、その裏手に英雄記念館があるのだった。

 明日から始まる祭りのために、広場ではいつもより多くの出店が商売の準備をしていた。客よりも商人の数の方が多いようだ。るうか達は独特の喧騒の中を抜けて英雄記念館へと向かう。図書館の横手から裏へと回り込めば、そこは広場の賑わいが嘘であるかのようにひっそりとしていた。

 佐羽が小さく溜め息をつく。

「何度来ても、慣れないね」

 魔王の1人である彼にとって、石化の呪いは己の所業でもある。そうはいうものの彼自身は頼成以外に石化の呪いをかけたことはなく、その頼成も一度は完全に石化したもののるうかの持つ勇者の血を固めて作った刃によって見事に復活を果たしたのだから彼がそれについて気に病む必要はもうない。

 そう、石化の呪いは勇者の血によってしか解くことができない。正確には、術者である魔王であればその呪いを解くことは可能なのだが、それはそのままその対象となった治癒術師の“天敵”化を意味する。石化の呪いの本分は治癒術による患者の細胞異形化を治癒術師へと移し、さらにその細胞を石へと変えることで治癒術師の“天敵”化を防ぐことにある。呪いとはいうものの、この世界に“天敵”を生み出さないようにする手段のひとつとして有効なものなのだった。

 それでも佐羽は己の手で頼成を石に変えてしまったことを未だに気にしているのだろう。彼のその思いは純粋で、そういうところがあるからこそるうかも彼を信頼しているのである。たとえ彼がどれだけの非道を行い、それをやめないでいるとしても彼の本質には信じるに足るだけのものがある。

「入るぞ」

 湖澄が言って、先陣を切って建物の中へと入った。鈍い金色で装飾された豪華な柱と、美しい花や木、力強い動物などの多彩で緻密な紋様で彩られた建物は豪奢で、それでいてどこか虚しい。

 薄暗い館内に入るとすぐに鈍い銀色の鎧をまとった黒髪の少女が3人を出迎えた。彼女はいつものようにきりりと引き締まった表情でまず丁寧に一礼する。

「アッシュナーク大神殿大神官代行カグナ様より、皆さんを案内するよう仰せつかってきました。よろしく」

「よろしくお願いします、侑衣(ゆい)先輩」

るうかが言うと、勇者ユイは一瞬戸惑ったような顔をしてから微笑む。

「こちらでそう呼ばれると、何だかくすぐったい。以前のようにユイさんでいい」

「でも、向こうとこっちで呼び方を変えるとややこしいんです。それに、侑衣先輩は勇者としての先輩でもありますから」

 頑ななるうかに対して侑衣も肩をすくめながらまんざらでもなさそうに頷いた。

「そこまで言うなら止めもしないけれどね。さて、早速で悪いけれどるうか、それに黄の魔王サワネ、銀の聖者コズミ。カグナ様の用意した前線基地まで案内する。私についてきてくれ」

「それには及ばない」

 突如、凛とした声が館内の暗闇から響いた。侑衣はハッと声のした方を振り返る。建物の奥にわだかまる闇の中に灰色のローブをまとった人影があった。がつがつ、と大きな靴音を立てながらるうか達へと近付いてくる人影を前に、侑衣は迷わず背負っていた大剣を抜く。まぁ待て、とローブの影は言った。

「気が急くのも分かるがな。ひとまず俺の話を聞くというのはどうだ? いずれにしろ、お前の剣如きで俺を傷付けられるはずもない。大神官を知る勇者ならそれくらい認識しているんだろう?」

 闇の中から薄暗い光の元へと歩いてきたローブの人影は侑衣から数メートルの距離を置いて立ち止まり、赤い唇の端をにぃっと吊り上げた。るうかはといえば、戦慄のあまりに指先ひとつ動かすことができずにいる。フードの下から覗く鮮やかな青色の瞳がぎらぎらとした輝きを放ち、まるで獲物を狙う猛禽のようにるうか達を見ていた。

 地味な鈍色のローブで全身を覆っていてもなお、その姿には隠し切れない威圧感がある。雪のような肌と青い瞳、赤い唇の織り成すコントラストに目が眩みそうになる。

 そうしてたっぷりとその姿をるうか達に見せつけてから、彼女、こと鈍色の大魔王と呼ばれる柚木阿也乃(ゆきあやの)は高らかな笑い声を立てた。

「滑稽なもんだな。おい勇者ユイ、お前はまさか忘れていたわけじゃあないんだろう? そこにいる佐羽は俺の可愛い手駒だ。誰よりも非道で、誰よりも破壊に抵抗を持たず、そして誰より愛らしい。そんな佐羽をこの都に招き入れること自体がどれだけ危険なことなのか」

 がつん、と阿也乃の足元を覆うブーツが重く乱暴な音を立てる。るうかは侑衣の背中越しに彼女を見て、そして侑衣の肩が微かに震えていることに気付いた。さすがの彼女も阿也乃の発する威圧感の前に怖気付いているのだろうか。

 再びゆっくりとした足取りでるうか達へと近付いてくる阿也乃に向かって、今度は湖澄が剣を抜きながら侑衣の前に立ちはだかる。

「止まれ、“一世”。どういうつもりか説明してもらおう」

「久し振りじゃないか、湖澄。少し見ない間に随分と偉そうな顔つきになったもんだな」

「質問に答えろ。これは“二世”としての権限による。“一世”柚木阿也乃、何故あなたがここにいる。その目的を答えろ」

「お前だって無警戒だったわけじゃあないんだろうが」

 くくっ、と楽しそうに笑う阿也乃に対して湖澄はわずかに苦い表情を見せた。図星ということなのだろうか。だとすれば、阿也乃は一体ここで何をするつもりでるうか達を待ち構えていたというのだろう。いや、そもそもどうして彼女はるうか達が今日ここに来ることを知っていて、待ち伏せすることができたのだろうか。

 答えは明白だった。るうかは振り返らずに小さな声でその名を呼ぶ。

「落石さん……」

「……だから謝ったでしょう? ごめんね、って」

 泣きそうな声で佐羽が言う。るうかの後ろに立つ彼の表情はるうかからは見えない。しかしるうかは彼がいつものふんわりとした笑みを浮かべていないことに気付いていた。彼は今、いつものように微笑んではいない。俯き、苦しげに呻くように言葉を絞り出している。

「大神官側の先手を取らせてもらおうと思ってね。そういう意味では、ここを待ち合わせ場所に指定してくれたのはとっても好都合だったんだよ」

 くす、と佐羽が笑い声とも吐息ともつかない音を漏らす。彼の声は少しだけ震えていたが、それでも彼が愛用の杖を掲げるのが気配で分かった。さぁ、と阿也乃がるうか達の向こうに立つ佐羽へと嬉しそうな声で呼び掛ける。

「可愛い佐羽、お前のための舞台だ。黄の魔王の実力を見せつけてやれ」

 阿也乃がまるでオーケストラの指揮でもするような仕草で腕を振った。佐羽が杖を振り上げる。るうかは咄嗟にその佐羽に向かって駆け出していた。

執筆日2014/04/11

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