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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第3話 白銀のベルヴァディア
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4

 ああ、と輝名(かぐな)は頷きと共に短く返事をする。彼の視線は佐羽とるうかを見つめたままだ。佐羽が黙っていると、彼はわずかに視線を落として呟くように言う。

「“一世”共がどう考えていようが、そんなことはこの際どうでもいい。俺が“二世”であることもだ。ただ俺は、俺が信を置ける相手に俺の大事なものを預ける。それだけのことだ」

「……」

 佐羽は不思議そうな顔で輝名を見ながら、「それは俺のことじゃないよね」と言う。輝名は答えず、るうかの方へと視線を移した。

「返事をもらえるか、るうか。勿論否でも構わねぇ。危険だと分かっていて敢えて来るかどうか、そういうことを聞いている。お前自身で判断しろ」

「行きます」

 るうかは輝名の言葉尻に被せる早さで返事をした。これには輝名の方がぎょっとした様子で目を見開く。紫がかった淡い青色の瞳がわずかに揺れた。

「いいのかよ」

「私にも確かめたいことがあります」

 それは侑衣(ゆい)のことであり、また頼成のことでもあった。彼とのメールや電話のやり取りでは向こうの世界のことをほとんど話さない。ただお互いに声を聞き、言葉を交わすだけだ。それは盗聴やメールの検閲が行われている可能性も考慮しての暗黙の決まりごとであり、そのためにるうかは彼が今向こうの世界のどこで何をしているのかを知ることができない。しかしもし輝名の言う通りに浅海柚橘葉(ゆきは)佐保里(さおり)がアッシュナークで事件を起こすつもりであるなら、そこにはきっと頼成も関わってくるはずだ。ひょっとすると、直接彼と顔を合わせることもできるかもしれない。

「明日までにアッシュナークに行けばいいんですね。大神殿に直接行っていいんですか?」

 るうかが尋ねると輝名はいや、と首を振る。

「今回は大神殿じゃなく、俺個人で所有している建物に基地を置く。ユイを待たせておくから、ひとまず……そうだな、英雄記念館で待て。あそこはテロリストも手を出しにくい」

 何しろ石像しかない場所だからな、と輝名は皮肉めいた調子で言った。彼の言う通り、アッシュナークの都にある英雄記念館とは祝福の作用によって完全に石化した治癒術師や賢者が石像の姿で安置されている場所であり、大神殿の性質上侵すことのできない聖域である。安全と言えば安全なのだろうが、るうかとしてはあまり進んで訪ねたい場所でもなかった。

「あそこにいる人達をみんな……聖者にできたら」

 思わずそう口走ったるうかに、輝名は優しい目を向けつつも厳しく告げる。

「お前1人じゃ不可能だ。恐らく世界中の勇者を集めたところであそこにいる石像の全てを聖者として復活させるだけの血液は確保できない。そもそも勇者は聖者の血によって作られるんだから、その数は決して聖者を超えない。そして聖者もまた勇者の血から生み出されるが故にその数を超えない。両者の数は常に拮抗している」

「でも、生きている限り血液は作られますよね? だったら、1人の勇者から何人もの聖者を生み出すこともできるんじゃないですか? 1人の聖者から何人もの勇者を作ることだって」

 るうかはそう言い募ったが、輝名は再び首を横に振った。それまで黙っていた佐羽が静かな調子で口を開く。

「あのね、るうかちゃん。俺もこの前の頼成の件の後でゆきさんに勇者と聖者について聞いてみたんだ。そうしたら、聖者1人の血液から作られる勇者は1人が限界なんだって。それに元々勇者としての素質がある人間も少ないからね。だから勇者も聖者も簡単に数を増やすことはできないんだよ」

「聖者と勇者の血液は混じり合い、統合されて独自の効能を持つ。その人間本来の遺伝情報の他に勇者としての新たな遺伝情報を載せた遺伝子が勇者の造血幹細胞に組み込まれることになる。それはその勇者に生を与えた聖者の情報とリンクしていて、切り離せない仕組みになっている」

 後を引き取って輝名がそう説明したが、るうかにはその内容の半分も理解することができなかった。つまりね、と佐羽が言う。

「向こうの世界のるうかちゃんはこっちの世界のるうかちゃんとは身体の細胞がちょっとだけ違うんだよ。ほら、俺を一撃でのしちゃう怪力もその特殊な遺伝子があってこそだから」

「そうなんですか」

「そう。そして“二世”である輝名の言うところによれば、勇者と聖者の遺伝情報はリンクしている……んー、魔法っぽく言えば契約は一度にひとつしか交わせない、ってところかな。それが向こうの世界の仕組みなんだよ」

 くるくるくる。佐羽は宙に円を描くように右の人差し指を立てて回しながら、いかにも説明しがたそうにそんなことを言った。るうかはやはりその内容をよく理解することができなかったが、ひとまずは納得しておくことにする。

「1勇者1聖者、なんですね」

「原則は、ね」

 そう言って佐羽は肩をすくめる。そんな佐羽を輝名が窺う目つきで見やり、それからはぁと溜め息をついた。

「とにかくそういうことだから、今夜か明日の朝……向こうでのな。それまでには英雄記念館に来てくれ」

「そういうことなら今夜行くよ。勿論湖澄(こずみ)も連れて行っていいんだよね?」

「ああ、頼む。それに佐羽、言っておくが俺はお前のこともそれなりに信用している」

 輝名の言葉に佐羽がぱちくりと目を瞬かせた。そんなに意外かと輝名が問い、佐羽はうーんと唸りながら首を傾げる。信用される理由がない、と彼は言った。すると輝名は「阿呆」と辛辣な一言を返す。

「てめぇはいちいち理由をくっつけねぇと人を信用できねぇのか?」

「君みたいに真っ直ぐな人間は信じられる。るうかちゃんや頼成、湖澄もそうだね。でも俺は君達とは違うから……」

 そう呟くように言ってわずかに顔を伏せた佐羽の顎を目掛けて、るうかは渾身の力を込めたアッパーを決めた。ぺちん、と情けない音がする。こちらの世界のるうかに青年にダメージを与えるほどの打撃力はない。しかし佐羽は大きな衝撃を受けた様子でるうかの顔を凝視した。

「へ、え? 何?」

「なんだかイラッとしました」

「……そう?」

 ふわり、と佐羽はいつものように掴みどころのない笑みを浮かべる。るうかは少し考えてから、少しだけ身を乗り出して彼の綺麗な額にちゅっと音を立てて口付けた。瞬間、佐羽は思い切りのけぞってそのままソファから転落する。

「るっ、る、るうかちゃんっ!? 何!? 何してるの!?」

「そこまで驚くなよ」

 呆れ顔の輝名だが、その頬はわずかに痙攣している。どうやら笑いを堪えているらしい。るうかは自分でもよく分からない感情のままに佐羽を見下ろし、告げる。

「そうやってごちゃごちゃ言われても、なんだか気分が良くないです。落石さんが私達と違う? 何がですか。どこがですか。説明できるものならしてみてくださいよ」

「……るうかちゃん」

 浮気は駄目だよ、と佐羽は言った。その表情は笑顔で、まるで子どもがプレゼントをもらったときのようにキラキラと輝いていた。るうかはその顔を見たことでふっと肩の力が抜けたように感じる。輝名はそんな2人を見ながらわずかに満足そうな笑みを浮かべていた。


 夜の帳が日河岸(ひがし)市を覆い、明るい星がちらちらと藍色の空に瞬いている。るうかと佐羽はその夜を輝名の家で過ごすことにした。アッシュナークで起こるという事件に関しての連絡を密にしたいという理由がひとつ、そしてもうひとつ、この高い塔の上からの夜景を見たいという誘惑に勝てなかったのだ。

 るうかはいつぞやのように静稀(しずき)に頼んで、今夜は彼女の家に泊まっているということにしてもらった。るうかの母親である順は娘が彼氏の家に泊まることを容認しているので頼成の名前を出しても良かったのだが、会えない日々が続いている現状でそれをすることはためらわれたのだ。静稀は理由を聞くこともなくるうかの頼みを承諾してくれた。

 昼間とは異なり、闇に覆われた街を人工の明かりがキラキラと眩いばかりに照らしている。それは地上に星空が墜ちたような、あるいは地上に生きる人間が空の星々を模したような、そんな不可思議な光景だった。

 すごいねぇ、と窓辺に佇む佐羽が溜め息混じりに言う。

「俺、こっちの世界も悪くないなって思うよ」

 佐羽がふふ、と笑うのをるうかはその隣で夜景を見ながら聞いていた。彼は今何を考えているのだろうか? 彼がいつかどちらかの世界で生きることを選ぶ、そのときのことでも考えているのだろうか。るうかにはまだ決められない。どちらの世界も、捨てることはできない。それでも佐羽がこちらの世界を悪くないと言ってくれたことに、わずかに胸が熱くなるのを感じた。

 輝名は先に休むと言って自室に引きこもってしまっている。今リビングにいるのはるうかと佐羽の2人だけで、時間だけが静かに過ぎていく。輝名はるうか達にそれぞれ客間を宛がってくれていたが、2人はまだ目の前の煌めきから目を逸らすことができずにいた。佐羽がまた口を開く。

「ごめんね、るうかちゃん」

 え、とるうかは夜景から目を話して佐羽を見た。彼の鳶色の瞳には地上の星々が綺麗に映り込んでいる。彼は独り言のように小さな声で呟く。

「輝名は君だけを呼びたかったはずなんだ。でも、俺は無理矢理ついてきた」

 だからごめんね、と彼は言う。鳶色の瞳に映った星がゆらゆらと揺れている。

「ねぇるうかちゃん。今日はすごく、すごく嬉しかった。でもやっぱり俺は君達とは違うんだよ」

 そう言うと佐羽は一度瞳を閉じ、それからるうかの方を向いて彼女の頭に手を伸ばした。彼の右手が優しくるうかの髪を撫で、そしてするりと肩へ降りてそこで止まる。佐羽はそうやって数秒の間るうかをじっと見つめた後、黙って彼女を抱き締めた。

 ごめんね、という言葉と彼の頬を伝う涙の意味が、このときのるうかにはまだ全く分からなかった。

執筆日2014/04/04

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