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同じ夜の夢は覚めない 4  作者: 雪山ユウグレ
第3話 白銀のベルヴァディア
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3

 そしてるうかは言葉を失う。地上50階から見る日河岸(ひがし)市は、まるでジオラマのようだった。小さな小さな家々がブロックのように並んで、指先でちょっとつついただけでも転がりそうにさえ思える。道路はまるで細い蜘蛛の糸のように家々の間を縫い、交わり、街全体を覆うように広がっている。空の色を映しているのか、全体的に青みがかった街並みの向こうにはさらに広がる青が見えた。海が見える、とるうかは小さく呟く。

「すごい眺めだろう」

 輝名(かぐな)がそう言いながらケーキの箱を持ってリビングへと戻ってきた。

「夜の景色はまた格別だぜ。良かったら見ていくか」

「君は毎日毎晩ここから街を見ているの?」

 佐羽が輝名の方を見ずに言い、輝名は箱をテーブルに置いてポットの様子を確かめてから「ああ」と頷いた。彼はそのまま片手で器用に紅茶を3つのカップに注ぎ分けていく。

「ここからは世界が一望できる。俺達“二世”が見守るべき世界がな」

「オーバーに聞こえるけれど、君にとってはそれが紛れもない真実なんだろうね」

「盤面にいる以上、てめぇにとっても同じことなはずだろ。佐羽」

 綺麗に色づいた紅茶をカップに注ぎ終えた輝名は佐羽とるうかの間に割り込むようにして窓辺に立った。彼の短い白銀の髪が空の青と日の光を反射してキラキラと、まるで本物の銀糸でできているかのように輝く。あるいは純銀ですらこの煌めきには敵わないのかもしれない。るうかはそんな輝名の様子に一瞬だけ見とれ、それから再び街と海の景色へと視線を戻した。

「こうやって見ると、この街は広いですね」

 るうかの言葉に輝名は小さく口元を歪めながら「そう見えるか?」と小馬鹿にした調子で尋ねた。それからすぐに「気を悪くするなよ」と牽制の一言を付け加える。

「あの海の向こうには大陸がある。こんな風に外を見なくても、パソコンなりスマホなりを開けばそこにはまさに世界と繋がるツールがある。この街は確かにひとつの市としては大規模なもんだが、この星の中ではほんの小さな点に過ぎない」

「でも私、この街を出たことってないんですよ。小学校も中学校も、修学旅行のときに風邪をひいちゃって」

「そりゃあ随分と運のねぇ話だな」

「高校のは行けるといいんですけどね」

「ああ、そうだな」

 大丈夫なんじゃねぇか、と輝名は無責任とも取れる口調で言う。世の中、最後にはそれなりに辻褄が合うようにできているもんだ。彼はそう言って存外優しい目つきでるうかを見やった。

「お前の世界はまだまだ広がっていい。その目に見えている以外の世界を認められれば、きっとお前はこの盤面でもっとずっと自由に動けるようになるだろうよ」

 どこか予言めいた口調でそんなことを言った輝名を、彼の肩越しに佐羽がじっと横目で睨んでいた。

 それから3人はテーブルに戻ってケーキを囲む。輝名はるうかに苺のショートケーキを、佐羽にはチーズケーキを配り、自分の前にはチョコレートで上品にコーティングされた美しいケーキを置いた。オペラと呼ばれるものである。佐羽がそれを見て「いいなぁ」と素直にうらやましがる声を出した。

「それ、すごく美味しそう。俺好きなんだよ。ね、輝名、良かったら交換してくれない?」

「るうかならともかく、てめぇのそんな願いを聞いてやる義理はねぇな」

「勿論ただとは言わないよ」

「阿呆か。ケーキ如きでてめぇから何かを得ようとは思わねぇ」

「ケーキくらいで済むなら安いものじゃない。俺は“一世”秘蔵の魔王だよ?」

「だからケーキ程度の対価で得られる情報なんざ信用できねぇって言っているんだ」

 そう言うと輝名は右手に持ったフォークで遠慮なくそのチョコレート色の表面を突き刺した。佐羽が「あー!」と声を上げ、頬を膨らませて輝名を上目遣いに睨みつける。

「輝名のケチ!」

「ガキか、てめぇは。そうやっていつまでも頼成の奴に甘えているからこんなことになったんじゃねぇのか」

 輝名はケーキを口に運びながら執拗なほどに佐羽に容赦ない言葉を浴びせる。

「破壊の魔王だか何だか知らねぇが、てめぇはただのガキじゃねぇか。柚木阿也乃の言いなりになって人の心を操って破滅させ、結局全部自分に跳ね返ってきていることに気付いているのか? 同じ穴のムジナである頼成や、るうかの優しさに甘えておいて何が魔王だ。てめぇ1人で立つこともままならねぇくせに」

「輝名さん」

 るうかは思わず彼の名を呼び、その言葉を遮る。見れば佐羽は無表情でチーズケーキをつついていた。小さなフォークを柔らかなきつね色のケーキに刺しては抜くことを繰り返し、それは見るも無残なほど穴だらけになっていく。ふん、と佐羽が小さく鼻を鳴らした。

「返す言葉はないよ。けど、とりあえず頼成を同じ穴のムジナだなんて言わないでよ」

「違うのか?」

「違うよ。彼はゆきさんの言いなりになりたくないから家を出た。今だって、るうかちゃんを守るために自分で決めて動いている」

「それも所詮は“一世”の手の上だろう」

「そうかな? 俺はそうは思っていないよ。頼成なら……頼成とるうかちゃんなら、きっと」

 佐羽の手元でぼろぼろになったチーズケーキが崩れる。そして佐羽はニッと人の悪い笑みを浮かべて輝名を睨んだ。

「そういえば輝名。一体どうしてそんなに不機嫌なのか知らないけれど、るうかちゃんに用があったんだよね? わざわざ家に呼び出してしなくちゃならないほどの重要な話が。それ、俺にも聞かせてくれるんでしょう?」

 佐羽の笑顔が変化し、ふんわりと柔らかいものへと落ち着いていく。細めた鳶色の瞳で輝名を見つめながら、佐羽は皿の上で山を作っているチーズケーキの残骸を器用にフォークですくって食べきった。輝名は対照的に丁寧な手つきでオペラを食べ終えてから、小さく溜め息をつく。

「別に不機嫌じゃねぇよ」

「そこ、こだわらなくていいから。俺に対する暴言なら気にしなくていい。だから本題に入ってよ」

「……すでに何か情報を得ているのか?」

 輝名はふと気付いた様子でるうか達を見た。そこでるうかはすぐに先日街で会った佐保里(さおり)のことを思い出す。彼女から近々アッシュナークで行われるという鎮魂祭に来るよう誘われたことと、今回の輝名からの呼び出しには何か関係があるというのだろうか。るうかと同じように考えたらしい佐羽がふわりとした笑顔のままで口を開く。

「鎮魂祭の季節だね」

 輝名はそれを聞いてどことなくつまらなそうに座っていたソファへともたれた。

「早耳だな。出所は」

「佐保里だよ。るうかちゃんに接触して、直接誘いをかけてきた。はい、これ重要情報ね」

「取引を持ちかけるつもりなら先にカードを切るなよ。まぁいい、どのみちこっちから依頼しようとしていた内容には影響ない」

 そう言うと輝名はふんぞり返ったままの姿勢で一旦るうか達それぞれの瞳を強く見据えた。周囲の空気がぴりりと引き締まり、佐羽がわずかに表情を歪める。嫌な感じ、と彼はるうかにだけ聞こえる声で小さく小さく呟いた。輝名が口を開く。

「向こうからも誘われているなら改めて言うまでもねぇんだろうが、一応正式な依頼として伝える。明日……こっちの日付でいう10月19日。アッシュナークの都で鎮魂祭が執り行われる。祭りそのものは一週間続くが、メインは明日だ。こっちの独自の調査でまたテロが起きる可能性があると判明している。勿論極力防ぐように事を進めてはいるが、裏で糸を引いているのが大物であるがためにおそらく防ぎきれねぇ。だから頼む。お前達もアッシュナークに来て、せめて街の人間を守ってほしい」

 頼む。輝名は再びそう言ってるうか達2人に深々と頭を下げた。佐羽は完全に面食らった顔をしてそんな輝名の頭を見つめている。るうかは小さく唇を噛み締めながら先日の侑衣(ゆい)の様子を思った。輝名の“左腕”である彼女はおそらく同じ情報を知っていたのだろう。だからあのような不吉な言い方をしたのだろうか。まるで自分の死を覚悟したような口振りで、るうかに手紙とノートを託したのだろうか。

 それらは今もるうかの鞄の中に入っている。あの日以来肌身離さず持ち歩いていた。侑衣の思いを机の上などに放り出して出掛ける気にはどうしてもなれなかったのだ。

 顔を上げてよ、と佐羽が困ったような声で言う。

「そんなにやばいの?」

「……本気で向こうの世界から希望の芽を摘み取る気だ。何のために今そこまでするのかは分からない」

「まさかそろそろゲームセットが近い、なんてことはないよねぇ。いくら彼らでもそこまで分かっているわけじゃない、って前にゆきさんから聞いていたんだけど」

「お前らが煽ったせいじゃねぇのか? あれ以来、こっちの世界でのあれはどうしている」

「ああ、緑さんがバイクで轢き潰したはずなんだけどね。当たり前みたいにピンピンしてしっかり講義も続けているよ。変な所で仕事熱心だから嫌になっちゃう。レポートは馬鹿みたいに増えたし」

「そりゃあお前への当て付けだろうが」

「何も課題で当て付けなくても」

「ヤクザまで使ってきたんだろう。集中砲火じゃねぇか」

「……」

 はぁ、と佐羽は息を吐いた。一連の会話の中で中心となっていた人物が誰であるのか、名前こそ出てこなかったもののるうかにも分かる。鼠色の大神官こと浅海柚橘葉(ゆきは)。佐保里の兄として春国大学で助教をしている彼はるうかにとっても恐ろしい相手だ。以前頼成が彼によって監禁されたとき、るうかもまた彼に誘拐されて脅迫の材料として使われた。そう、まさに道具のように使われたのだ。鎮静剤を打たれ、車椅子に固定され、ほとんど意識もない状態で頼成の前に連れて行かれたるうかには何をすることもできなかった。そのとき何が起きていたのかすらほとんど認識できなかった。浅海柚橘葉というのはそういう男なのだった。

「“二世”権限で止められないの?」

「あれが自分でアッシュナークの住民を虐殺でもしない限りは不可能だな」

「ふぅん、大したことないね。……でも、だからって俺達に依頼するのも馬鹿な話じゃないの? 俺は知っての通り、鈍色の大魔王……ゆきさんの駒だよ」

 だから信頼できる、と輝名は皮肉げに頬を歪めた。

「柚木阿也乃にとって向こうの世界は自分のフィールドだ。守る意味がある」

「ゆきさんが勝つことを考えていれば、ね」

 佐羽は再び溜め息をついてふと窓の外を見やった。

「俺ね、たまに思うよ。ゆきさんはもうこのゲームに飽きちゃってる。どうでもいいんじゃないかな。早く終わればいいと思っているんじゃないかな。だったらそのための歯車を回す方があの人の目的に適っているんじゃないのかな……」

 窓の外に広がる青みがかった街並みの向こう、煌めく海は鏡のように静かだ。

「それでも、俺達にアッシュナークを守ることを頼むの?」

 佐羽はそんな海と同じような静かな表情で輝名に向かって問い掛けた。

執筆日2014/04/04

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