蒸し焼き、それとも窒息?
その結果完成したのが「ネ弾」である。言うなれば、
三式弾の発展型である。
ネ弾とは燃料焼夷蒸散弾の略で、
その名の通り空気中に燃料を蒸散させ、形成された蒸気雲を
燃焼させることによって(これを自由空間蒸気雲爆発という。)
爆圧による風撃及び燃焼による焼夷効果、更には
大気中に含有される酸素量の急激な減少及び
一酸化炭素濃度の上昇を以て、敵兵及び敵航空機に損害を与えよう、
という物である。この砲弾の開発によって、
これら特殊砲弾による迎撃体制が完成した。
三式焼夷榴散弾・零式榴散弾とともにネ弾を活用すれば、
その効果は飛躍的に向上する。
これらの砲弾は、それぞれが互いに欠点を補う働きをするからだ。
以下に概説を記す。
ネ弾の一つ目の長所として、人体への多大なる危害と
その被害半径が挙げられる。
ネ弾の爆発による爆轟は強大な衝撃波を発生させ、
八気圧に達する圧力と一五〇〇--二〇〇〇°Cの高温を
半径数百メートルに渡り発生させる。爆発による風圧、
つまり爆轟圧力(爆圧)というのは、
固形火薬の場合ほとんど一瞬である。
だが、自由空間蒸気雲爆発の場合、
爆圧は長い間全方位より切れ目なく襲ってくる。
要するにネ弾は、砲弾の炸裂による金属片などではなく、
爆風・衝撃波そのものによって人体を損傷させるのだ。
一平方センチメートルあたり9.8ニュートン程度の風が吹けば、
人間の肺は肺充血・急性無気肺等の症状を起こす。
この圧力はすなわち98000パスカルのことである。
一気圧は101325パスカルであるから、
ネ弾のもたらす八気圧というのは人間の肺を破壊せしめるのには、
十分過ぎる程だ。
肺を破壊された人間を襲うのは、一酸化炭素濃度の高い、
もはや空気とは言えない有毒ガスだ。
当然酸素を吸入できず、その結果、
あたかも窒息したかのような人体が出来上がる。
運良く窒息しない状況下にいても、
蒸し焼きの人体が出来上がる場合もある。
どちらがいい死に方なんていう議論は、意味をなさないだろう。
二つ目の長所としては航空機のエンジン不調の誘発、
という点が挙げられる。
高高度を飛行する航空機にとって不可欠なのが過給器だ。
空気が薄くなるということは、含有される酸素量が減少する
という事を意味する。
ガソリンが効率よく燃焼するためには、適切な分量の酸素が必要だ。
したがって、必要量の酸素を確保するために、
吸入する空気を圧縮する必要があるのだ。
その役目を果たすのが過給器である。
これが十分に機能しないために、日本軍の航空機はことごとく
高高度の戦闘に弱いのである。
過給器には大きく分けて二種類ある。
排気タービン式過給器と
エンジン式過給器だ。
B29にはエンジン式過給器、P51には排気タービン式過給器が
それぞれ取り付けられている。
ここに一酸化炭素濃度の高いガスが
流入してきたとしたらどうなるだろうか。
ガスは圧縮され、一酸化炭素濃度はさらに高くなる。
そして酸素と化合し二酸化炭素になる。
こんなガスとガソリンで混合気を作ったところで、
燃焼する訳がない。
例えは悪いがノッキングの反対のような状況になるのだ。
このような流れで、エンジン不調を例え一時であろうと、
誘発させようという狙いである。
エンジン不調によって速度が鈍ればなんとか、
高高度でも攻撃をかけられる機会があるかもしれない。
またその可能性も増すだろう。
以上がネ弾の概説である。
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