新型砲弾
それまで海軍の艦艇に配備されていた対空砲弾には
三式焼夷榴散弾(三式弾)と零式榴散弾(零式弾)の二つがあった。
零式榴散弾は空中で炸裂し、無数の鉄片を撒き散らす。
それによって敵航空機に被害を与えるのである。
対して三式焼夷榴散弾は、空中で炸裂するところまでは一緒なのだが、
撒き散らすものが違うのである。
三式焼夷榴散弾はその「焼夷」の名の通り、
その中には黄燐が充填された無数の小型弾があり、
それが空中に撒き散らされる。少しでも科学をかじったこと
のある人ならば、黄燐の恐怖は想像できるだろう。
わずか三十五度程で発火し、激しく燃焼するとともに
辺りを恐ろしい程の高温にする。
その温度はを二酸化ケイ素を成分とする
石英ガラスも焼き砕くほどなのだ。
たとえ燃焼しなくとも黄燐は恐ろしい。わずが数ミリグラム
で人を死に追いやる猛毒でもあるのだから。
近藤耕蔵編『新制化学教科書』1925年)の七十四頁には
次のような記述がある。
「黄燐は恐るべき毒物にして其0.15瓦は人を殺すに足る。
殺鼠剤として用ひらる。」
また、陸軍工兵中佐・工学博士でもある中村隆壽はその著書
『化学兵器の理論と実際』1937年)の中で
黄燐について次のように述べている。
「酸素に触るるや忽ち火を発し五酸化燐の白色微粒の固体を生じて発煙す。
2P2+5O2→2P2O5
五酸化燐は空気中の水分と作用して燐酸を生ず。
従て煙は五酸化燐、水蒸気及燐酸の混合物なり。
P2O5+3H2O→2H3PO4
黄燐は皮膚に火傷を生じ其蒸気を吸入すれば傷害を受く。」
これらの砲弾は、それ単体としての威力は先述の通り申し分ない。
だが、その特殊さゆえに既存の射撃管制の下では、
上手く弾幕として機能していなかった。検討の結果、
これら特殊砲弾専用の射撃管制をすることが決定され、
更に、効果範囲をより広くした新型砲弾の開発が
帝国砲兵隊主導の下、急がれた。
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