青木の胸中 中 下
急いで吾郎は近くの公民館へと走った。
そこに家族が避難しているかもしれない、と思ったからである。
はたして、その予想は的中した。
両親と佳奈子の母はそこにいた。
そして佳奈子は、母の手の中に横たわっていた。
吾郎は一安心した。が、様子がおかしい。
駆け寄ってみると、その胸は溢れ出る血で真っ赤に染まっていた。
「佳奈子!大丈夫か、おい俺だ!吾郎だ、分かるか!」
その問いかけに、佳奈子は軽く頷くだけであった。
吾郎は母に詰め寄った。
「医者は、医者はどうしたんだ!」
母は静かにその首を横に振った。
つまり、そういうことである。
吾郎は苛立ち紛れに、拳を床に打ち付けた。
だが、今は佳奈子の願いを叶えるのが最優先であると考え、
一旦落ち着いた。
「佳奈子、何か食べたいものはないか。」
その問いに、佳奈子はゆっくりと口を動かし、答えた。
「何か、甘いものがいいなぁ。
そうだ、いつも持ってきてくれるあの缶詰が、食べたい。」
「そうか、分かった。すぐ持ってきてやるからな。待ってろ。」
そう言って吾郎は基地へと駆け出した。
空襲の際に、一旦持ち帰ってしまったからである。
吾郎はその体に鞭打って、全速力で走った。
おそらく、人生の中で一番速かっただろう。
そして、公民館に帰ってきた吾郎を待ち受けていたのは、
既に息絶えた佳奈子の体だった。間に合わなかったのだ。
吾郎は、しばらく現実を受け入れられなかった。
そして何が起こったのかを理解すると、外へと駆け出した。
自分の泣き叫ぶ姿を誰にも見られたくなかったからである。
走って走って走り続けて、街の外れまで来て、
吾郎はその場に崩れ落ちた。
涙が止まらない。どれだけ泣かないように努力しても、
この悲しみの前では無駄であった。
日付が変わるまで、吾郎は泣き叫び続けた。
感想・評価
辛くても、それが支えになるので、
どうぞよろしくお願い致します。