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ひなたの庭  作者:
一章『ご都合主義の始まり』
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6.蝶よ花よ

 美しい花を見れば、心は洗われ穏やかになるだろう。けれどそれで世界から争いがなくなるかといえば、そんなことはない。悲しいことだけど、美しさを平気で踏みにじるような人は少なくない。結局のところ僕もその内の一人なのだろう。

 光石杏奈さんが僕の隣室に越してきて、それからこの学校に転校してきてから数日が経った。それで僕の迷いがはれ、世界が明るくなるというようなことはない。

 水曜から始まった新学期も今日は金曜日。明日からは休日となる。今週はオリエンテーション期間でほとんど学業らしい学業はしていない。二年生にもなってオリエンテーションも何もないだろうと思うのだけど、少なくともこの学校ではそういうものらしい。

 今日までの三日間は自己紹介だとかクラス委員を決めるだとか、お役所仕事的ないろいろなことをしていただけだった。そのあいだ僕は隣席にいる、編入生の光石杏奈の世話をするというように暗黙的になっていた。

 単純に言えば、頼れるような相手は僕以外にはいなかった。前席にいる女子・松崎さんに頼るというのは手間だ。松崎さんははなんとも思わないだろうが、何かにつけて振り向いてもらうというのは非合理だ。異性よりは同性の気安さというのはあるとは思うけれど、少なくとも光石さんにとってはどこか遠慮がある模様だ。僕は異性ではあるけれど、少しだけであるけれど関わった事実があり、それで気安いのかもしれない。

 あの日、優菜の法事の日に会ってから僕らに特段親しい会話はない。マンションの方で会うこともないし、学校でもそういう必要最低限の会話以外はしたことはない。それでも僕に気安さを感じてくれているというのであれば、それは本来なら喜ぶべきことだ。でも、彼女は僕には扱いづらい。

 勿論というかなんというか、彼女は高嶺の花として咲き誇る、そういう扱いになっている。

「ねえ――」

「あ、それは――」

 放課後になって今日もまた、僕の隣では光石さんが級友数名に囲まれている。数日経った今でも休み時間には人に囲まれ、未だに質問攻めに遭っていた。だから僕よりもそういうクラスメイトたちのほうが、よっぽど彼女のことを知っているだろう。今もって僕は彼女の生まれも育ちも知らなければ、一人で越してきた理由も知らない。興味がないわけじゃあないけれど、知ってどうなることもない。

 彼女は花だ。ただそこに咲く鑑賞物だ。あの時確かに現界した美術品は、結局ただの鑑賞物になった、それだけのこと。

 来週からは通常授業が始まることになる。別に何がしたいわけではないけれど、早くそうなってくれたほうが助かる。特段することもない僕は学校にいて、学業を行なっていたほうが気が紛れる。そうでもなければ他にはすることもない。

 そうして、その頃には少しは彼女から開放されるだろう。何もこの学校のことを知らない彼女も、僕なんかに頼る必要が無くなるだろう。数日みた限りではこのクラスに尖ったような人間も、歪んだような人間もいない。実に素晴らしいことだと思う。そして光石杏奈という少女であれば、ほんとうの意味でその一員になることに時間はかからないだろう。そうすれば僕はほんとうの意味で、その辺の端役として道を歩く仕事に戻れる。

 僕は隣席を傍目に席を立つ。一瞬光石さんが僕を見てけれど僕は特に何の対応もしなかった。

「槇村おつかれ」

 教室を出て廊下にまで来たところで、田上に呼び止められた。

「大したお誕生日席だな」

 教室に目を向けながら同情するような視線でありながら、逆に楽しんでいるようなそんな言い方だった。確かにあの人の集まり用は誕生日のようで言い得て妙たった。

「ああ、うん」

「嬉しくねえの?」

「いやぁ別に……」

 自分には関係ないところで人に囲まれても、いったところだ。

「金髪美少女をはべらせてそれとは、とんだ草食男子だな」

「言ってなよ。君だって、ああなってたら肩もこるよ」

 廊下から見える集団に視線を向けると、田上も同意するみたいに苦笑した。

「でも、田上もそんなに話したりしてないよね」

 僕が言うとどこか神妙に田上が言う。

「理由は二つある。ひとつはよく聞く話だが集団のうちの一人として会ってもあまり印象には残らない。だからあの状態でどうのこうのしても埋没しそうで嫌だ。もう一個、こっちが重要だが、アレだ」

 アレで指されている人物、光石さんの前席に座る女子。前出の松崎さんだ。

「なんか嫉妬とかされたら面倒くせえ」

 彼女、当田上俊介の恋人である。ちなみに僕は知ってはいるが、ほとんど喋ったことがないからどういう人かは知らない。軽く知っている感じだと、剛毅な人だが、軽くしか知らないのでそれが正しいのかもわからない。

「松崎さんって嫉妬深いの?」

「いや全く気にしてくれない。むしろ少しぐらいしてくれたほうがこっちは嬉しい」

「それは、なんて言うか……大丈夫?」

「たぶん」

 力強く頷いた。言葉は全く力強くない。それじゃあ田上のいう嫉妬されたら云々とかいうのは無関係になるが正直どうでもいい。

「それはいいとして、この後暇か? 暇なら飯食い行かねえ?」

 暇ではあるけれど、ほんとうはさっさと帰って一人になりたいところだ。とはいえそんな理由で誘いを断ることも出来ない。

「まあ……構わないよ」

「おけ、んじゃあ行こうぜ」


 /


 そうして僕らは連れ立ってハンバーガーなど屠っていた。

「っていうか誘われたからきたけど、きみ今日は部活は?」

 田上はバスケ部。僕と同じに中学からバスケを初めて、僕とは違って現在も続けているという話だった。

「サボり」

 事も無げに言う田上。まだ二年生始まったばっかりなんだけど。

「そんな顔するな半分は冗談だ。なんか今日は、明日の部活紹介の打ち合わせだか何だかするらしくて、いても練習なんて大してしないからサボりだ」

「そうなんだ」

 それなら仕方がない……のだろうか。むしろそういう部分にこそ参加すべきではないのだろうか。中学の時はどうだったか、あまり記憶にはない。

「それにしても、初めてだな」

「なんのこと?」

「お前とこうして飯食うなんて」

「そういえばそうだね」

 思い返してみれば、僕は中学時分から、やることをやればとっとと帰ってしまうような人間だった。田上とは当時は親友と呼んで差支えがないぐらいには親しかったが、それでもそういう感じだった。あの頃はまだ中学生でどこかで食べて帰るなんて発想もあまりなかったというのもある。

 今回結局拒否できなかったのは、拒否する理由が無くなってしまったというのが、大きい。帰ったところで待っていてくれる人はいないっていう、わかりやすい理由だ。

「どうよ、友人と親睦を深めるっていうのは?」

 口角を歪ませ言った田上ではあるが、僕なりに真面目に考えてみる。でも考えてみて、特に感想は浮かばない。気乗りをしているわけでもないのだから、当然といえば当然なのかもしれない。だからといって不快というわけでもないという、曖昧な感情。つまるところどうだっていいということになってしまう。口にするにははばかられるようなことだ。

「……まあ、悪くはないね」

 言い換えるとよくはない。曖昧な感情をそのまま曖昧に表現したもの。

「そっかね」

 田上は大して気にした様子もなく、そんな反応だった。僕はそれ以上のことは言う気もなく。対して田上からも何かしらの反応が返ることはなかった。それは僕の言葉に呆れているのかもしれない。だけど、今さらどうのといったところで、何かが変わるわけもない。少しの罪悪感。僕みたいなやつと顔を突き合わせなければならないという事実。

「ところでお前さん」

 そんな僕の気持ちを知っているのかいないのか、田上が口を開いた。妙な言い方は気にかかる。

「お隣さんとはどうなんだよ」

「お隣さん」

 僕の隣に座る人、ということだろう。けして僕の隣に住んでいる人という意味ではないはずだ。

「綺麗な子だね」

 簡潔に答える。

「それだけか?」

「うん、それだけだよ」

 それ以上のことは、無い。けっしてあるはずもない。

「あのさ、勘違いかもしれないけど――」

 田上らしくもない、言いづらそうな言い方だった。どんなことが出てくるのか、身構えてしまう。

「お前、あの子となんかあるの?」

 もちろんただの『クラスメイト』という意味では無く、それ以外の部分での意味。

「……なんでそんなこと思うの?」

「何でだと思う?」

 質問に質問で返すのは、下策だと思う。下策というか腹芸というか、そういう作為的なもの。ただ田上はそういうことをするような相手ではない、少なくとも僕が再会したここ数日の話では。だから、悪意的ではない何かがあるのかもしれない。

「そんなのわかるわけがない」

 とはいえ、どういわれようとそう以外には答えようがない。

「まあ、そうだな。おれもなんとなくそんな気がして、言ってみただけだから」

 なんとなくでドキッとするようなことを言わないで欲しい。できたら僕は隣人のことは話したくないのだから。

「やっぱり、彼女がいても、光石さんのことは気になるの?」

「そりゃなあ……」

 あんだけすごきゃなあと如実に表情が語っている。

「だからこそ、隣にいるのに何もないお前さんの気が知れないわけだよ」

 僕は鼻で笑ってしまう。だって、誰もがみんな恋愛を求めているわけじゃあない。思春期の男の子として正しいのは、田上の考え方なのだろうけど。

「笑うことねえだろ、別に好いた惚れたっていうでもないだろうけど、チャンスは転がってるわけだからもう少しお近づきになりたくねえの? っとことさ。確かにお世話をしてはいるんだろうけど、お前からはそれだけみたいだからな」

 少し気になることが含まれていたが、僕は気にしない事にした。

「どうせ彼女だって学校にすぐに慣れるよ。そうすればお近づきどころか、お遠くになるだけさ」

「そうかい」

 田上は大して興味も無さそうに、ハンバーガーにかぶりつく。たぶん、だけど興味が無いんじゃなくて、『自分のことではない』って意思表示。もしかしたら、光石さんと僕の関係を、なんとなくなんか何かしらあるのも気がついているのかもしれない。それでお前がどうにかしたいならそうしろってアドバイスのような。

 もちろんそれらすべて僕の勝手な考え方で。つまりは後押しされていると思いたいだけなのかもしれない。でも、やっぱり僕には関係のない話なんだと思う。

「でもね、田上」

 事実はさてあり僕は意趣返しをしたくなる、だから触れたくないであろう、さっき知った部分をつく。

「光石さんより、松崎さんのことを考えてあげなよ」

「わかっちゃいるんだけどさ」

 田上はそれ以上は何も言わず苦虫を噛み潰し、ハンバーガーを食べるのだった。初めて外で友人とで食べたハンバーガーは、残念ながら想像していたよりもおいしいとはいえないものだった。その原因は、僕がどうのじゃなくて向かいに座る田上のせいだと思う。

「週末はまた部活?」

「もちろん」

 今日実質休みだったようなもののだった(田上談)から、今週末はみっちりとこなすということだろう。

「お前は?」

「さあ? 家で勉強でもしてるよ」

「勉強ねえ……」

 面白みがないというか、理解できないというか、そういう風に聞こえるであろう僕の回答。実際に自分でもそう思う。ただ残念なことに、僕にはすることなんて無いのだからしかたがないんだ。

「ま、二年も始まったばっかだしな。これからだな、これから」

 僕は頷いた。けっして気休めでも「そうだね」などと口にしたくはなかったから。どうせ人生は浪費していくだけ、そんな風にはとてもじゃないけど人前では口にできないからだ。

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