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ひなたの庭  作者:
一章『ご都合主義の始まり』
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みんなひとりぼっち

 『孤独』ということは、有り体に言い換えれば『一人である』ということ。

 頼れるものがなく、漂白し自分の居場所がない。

 それは社会通念上の意味ではなくて、概念的なもの。だからどこの組織に所属しても、どこに暮らしていても、はたまたどれだけ友人知人がいようと訪れる可能性がある。ふとしたきっかけで起こりうるものであるし、何のきっかけもなくぽっとあらわれる可能性もあるひどく厄介な代物。

 そういう状況になったら人はどうなるか。

 大別すればふたつ、抗うか諦めるか。

 大抵の場合は諦める。何故ならば孤独などどこにでも転がっているものだから。ふとしたきっかけで起こる孤独感は、たんなる勘違いで一晩ぐっすり寝ればひきかけの風邪ぐらいの確率であるが治るもの。

 そうして翌日にはその思いは、あったとしても気付かないぐらいの些事となる。それゆえ、誰もが見て見ぬふりをして通り過ごす。


 それでは耐えられず抗う少数の人について考えてみる。これも二つに大別できるが、それは大きな喪失をした人間かはじめて経験した人間。

 前者であればお気の毒様、どんな処方箋を処置したところで特効薬にはならず、幾晩も処方したクスリを口にし床につかなければならない。

 それには途方もない時間が必要だ。奇跡的に処方箋が体に合えばですぐにでも快方することもあるが、それは本当にごくまれだ。

 後者の初めて経験した人間であっても、本来は一晩お気に入りの慣れた枕で寝ればいい。そんな感覚はないものだと思い、無関心という抵抗をする。

 ただ実際にはそうはいかない。そういう対処法を知らないから、そうして抗うという選択肢が生まれる。

 恋人・友人・知人・家族。そういう人たちに電話をしてもいい。今の御時世ならインターネットという簡単に誰にでもつながれる機械もあるから、赤の他人とだっていいだろう。

 それで解決おめでとうございます。


 ――とならない人も中にはいる。

 常に誰かと触れ合っていた幸福な人は、不測の事態には弱い。純粋培養が無菌室から放り出されれば長く持たないのと同じ事。触れ合わなければ生きていけない、そういう幸せな人も世の中にはいる。



 『彼女』もそういう類の人間だ。家族の愛に満ちて、不自由なく育った幸福な箱庭少女。

 彼女は事情から一人で生活することとになり、はじめての孤独感に苛まれていた。持て余して携帯電話で誰と話しても落ち着かない、スイッチをいれたテレビの番組にも興味すら沸かない。

 つい先日までは知りもしなかった場所。窓も壁も家具、インテリアの数々、そのどれも見覚えなど無い。まるで自分が断絶されてしまったのではないか。そんな思いがふと彼女の脳裏を過る。繋がれた鎖から放たれたといえば聞こえはいいが、放たれた先には何があるかもわからない。漂白し命からがら辿り着いた孤島では一人であった、そういう心情だ。

 それはあくまで彼女の心情である。重ねて言うが、そんなことは誰にでも訪れるもの。それが今まで訪れなかったということは彼女が幸福であった証左だ。

 彼女は処方箋を探して、記憶の引き出しをあさる。

 僅かなものであっても構わないと端から端まで探してみる。そうして一つだけ見つかった。片隅にあった、かすかなもの。そこから導き出されるとある行動が回復の特効薬だと彼女は思った。

 けれどもそれは不明確でリスクも少なからずあるものだった。はっきりといえばそれは怖い。劇薬であればまだしも誤薬であっても何の不思議もない。だから当然警戒し躊躇する。

 そもそもの話その行動というのは当の本人ですら首をかしげたくなるズレたものだ。だから本当ならばやるべきではない。

 しかし初めての孤独という天秤にかけた結果、天秤は『実行』に傾いた。

 すなわち怖くても行動を起こすいう選択。もちろん不確かな情報をそのまま信じこむ気はない。対策も練っておく。これもまた傍から見れば疑問符が浮かぶものだが、動揺と最近の事情に疎いということにして納得していただきたい。

 彼女は新たに自分の居場所となった一室から飛び出す。たとえ不確かでリスクを伴うとしても、彼女とすればそれは確かに希望なのだ。

 そうして飛び出した先から、数メートルと離れず隣接する扉。その前に立つ。

 一度深呼吸する。

 ――どうか良い人でありますように。

 心からの願い。

 扉の向こうの誰かからすれば、まさか寄る辺にされているなどということは思ってもいないだろうが。


 手を伸ばしインターホンを押すとしばしの間のあと扉が開いた。

 すこし動揺する。自分の一室と同じ作りのこの部屋にもモニタ付きの応答機がある。だから最初は隣人の声が聞こえてくるものだとばかり思っていた。

 しかし、その程度の動揺は押し隠し表には出さない。当人にはあまり自覚がないが、聞き分けのいい良い子である彼女は、自分を押し隠すことは得意だ。

 開いた扉の先には、不確定情報のとおりに自分と同年代の少年がいた。

 まずはそこに胸を撫で下ろす。

 新居の大家から受けていた情報だった。

『隣にはとある事情で一人で住んでいる男の子がいる』

『悪い子じゃないから会うことでもあったら仲良く頼むね』

 いくら相手がいい子と言われても、そして少女自信が良い子であっても、知らない相手が不安なのは道理だ。縋るべき寄る辺を間違えているのだという自覚は少なからずあった。けれども、たかだか初めての孤独であっても、それほどまでに深い影を落とすことがある。

 そんな彼女を誰かは笑うかもしれないけれど、また違う誰かは笑わない。少なくとも扉の先にいる誰かはけして笑ったりしない。

 ともあれ 債は(Alea)投げられてしまった( jacta est)


「こんばんわ」

 少々特殊な少女の突然の来訪に、少年は驚きを隠しきれていない。少女自身それもそうだろうと思う。多少申し訳ない気持ちになるが背に腹は変えられない。

 彼は、見るからに大人しく真面目そうだった。頼りになるかというと残念ながらそうは思えないが、温和そうな外見は恐怖の対象にはとてもみえない。驚きに目を丸くする少年が、彼女には失礼ながらなんとなくかわいいものに見えた。

 少なくともこの時点では悲観する必要もない。楽観していいとは思えないが、彼女の心は微かに弾む。

 彼女が頭を下げて、自己紹介をする。

 すると同じように、少年も自己紹介をして頭を下げた。

 ドラマチックといえばドラマチック。

 その実はおかしくって間抜けな絵面。

 それが槇村一史という後ろ向きな男の子と、光石杏奈という特徴的な外見をした女の子のファーストコンタクトだった。

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