5
暑い。それしか考えられない。
白く焼けつくような太陽の下、あたしはよろよろと力なく歩いていた。
今まで、お腹が痛くなるくらい冷房の効いたところにいた。それとは落差がありすぎる、この外の気温だ。アスファルトが強い日光を照り返して、どこにも逃げ場がない。汗が顎からしたたり落ちて、ワンピースが肌に張り付く。今、シャワーを浴びて涼しいところで麦茶を飲めるなら、何だって投げ出していい気分だ。
絶好調な夏の熱気に、完璧に負けている。日差しとは裏腹の暗く沈んだ気持ちで、あたしは駅とは反対方向の道を、あてもなく歩き続けた。
待望の夏休み、しかもその初日に、なぜあたしがこんなにも沈んでいるのかというと。全て夏期講習のせいだ。
新田くんの家まで巻き込んでしまったあたしの予備校探しは、どうにか無事、決着をみた。駅から歩いて3分、正面に書店のある、割と有名な予備校に決めたのだ。新田くんが持ってきてくれた資料を見ても、実績も評判もそこそこ良いようだった。何よりの決め手は、ノブ会長が通っていることだったけれど。
我らが生徒会長・吉田信広くんは、普段は飄々とふざけているけれど、かなりの秀才だ。会長の仕事をバリバリこなしながら、成績も非常に良いレベルを常にキープしている。彼ならいろいろ詳しいかもしれないと、話を聞いてみたのだった。
早くしないと、講習生の募集を締め切ってしまう塾も出てくる。そう焦っていた夏休み直前のある日、ノブ会長はあっさりあたしの悩みを打ち砕いた。
「夏期講習で迷ってんの?じゃあ、僕の通ってるところにしなよ。紹介するよ?」
読んでいる本から目も上げず、ノブ会長は言った。
生徒会室は校舎の北側、あまり日の当らないところにある。風通しも良くて、夏は他の教室より大分すごしやすいのだ。それを知っている生徒会メンバーは、用もないのにこうして集まって、ダラダラしている。
「でも、会長が通ってるところなんて……難しそう。」
あたしとノブ会長じゃ、レベルが全然違う。怖気づくあたしに、会長は苦笑した。
「そりゃ、僕は特進クラスだけど。ちゃんとレベル別になってるから、大丈夫だって。」
ノブ会長は本から顔を上げて、眼鏡をすっと押し上げた。
「親切な先生が多いから、気軽に質問できるのが良い点かな。僕みたいな塾生からの紹介で入れば、受講料の割引があるし。」
割引、の言葉に思わず、ぴくりと肩がはねた。会長の黒ぶち眼鏡がキラリと光る。
「そして紹介した僕自身にも、割引の恩恵があるわけだ。
――どう?」
「乗った!」
あたしは勢いよく手を挙げ、その場で即決した。振り返ってみれば、なんだか「割引」につられてしまったみたいだけれど……。
あれだけ迷いに迷って、途方にくれていたことだったのに、最後はこんなにも簡単に決まってしまった。お母さんが言った「詳しい人に聞くのが早い」というのは真実だったと、はからずもあたしは痛感したのだった。
そして今日が、夏期講習の初日だった。
講習は、何というか――勢いがすごかった。
講師の先生の強烈な勢いに、ひたすら圧倒されているうちに90分の授業は終わった。つばが飛んできそうなほど熱い先生のしゃべりは、あたしのような考えの甘い生徒を強く叱責するものだった。このままじゃダメだ――真剣じゃない人は来なくていい――予習・復習は絶対条件――この夏は勝負の夏!
絶えず追い立てられているような気分で、必死にノートをとって授業を聞いて、あたしの頭はもうクタクタだ。こんな鬱鬱とした気持ちのまま帰りたくなくて、気分転換に塾周辺の探検に繰り出した、というわけ。
けれど、寒いくらい冷房がガンガンかけられた教室にいたあたしは、忘れていたのだ。夏のギラギラした日差しとこもる熱気が、いかに散歩に適さない環境か、ということを。