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「圭介!」
8組の教室に入るやいなや、頼子は声を張り上げた。
必然的に、皆の目がこちらに集まる。けれど、頼子は全然ひるまなかった。こういうところは、さすが頼子だ。
窓際の席で、ひょいと長い手が挙がった。男子が5人ほど、集まって座っている。その中の1人が、笑ってひらひら手を振った。
「おお、頼ちゃん。どうしたの?」
どうやら彼が、梶くんのようだ。頼子もにっこり笑顔を返して、近づいていく。もちろん、腕を掴まれたままのあたしも一緒にだ。いい加減、離してほしい。
「野球部の応援、1人確保したよ。」
「マジで?ありがとー。」
くしゃっと顔全体で、梶くんは笑った。坊主頭のよく似合う丸い瞳がきゅっと細まって、右の頬にえくぼができる。
結構、かっこいい人じゃんか。そう頼子に耳打ちしてやろうとして、あたしはちらりと横に目をやった。
――その視界にいきなり新田くんが飛び込んできて、あたしは驚いて息をのんだ。
頼子を挟んで、一番近くに座っている。新田くんもこっちを見ていて、目が合った。
そうか、8組って新田くんのクラスだ。
「頼ちゃんの友達?名前なんていうの?」
梶くんが親しげに聞いてくる。それに答える前に、あたしは新田くんに向かって、ちょっと笑って手を振った。挨拶だ。
「ええと、頼子の友達の藤原朝子です。よろしくね。」
新田くんも、軽く手を挙げて挨拶を返してくれる。そのやりとりを見て、梶くんがぐいと身を乗り出した。
「藤原さんね。え、ていうか、何?新田と知り合いなの?」
梶くんのつぶらな瞳が、なぜかきらきらと輝いている。
「おい、例の子かよ。」
周りの男子も、いきなり盛り上がって、新田くんを小突き始めた。新田くんがうるさそうに、それを振り払う。
「あ、うん。新田くんとは、同じ中学で。」
あたしは慌てて言った。まさか、食いつかれるとは思っていなかった。
「こいつと中学一緒だったの?その時の話、詳しく聞かせてよ。」
「こんなかわいい子と知り合いとか、聞いてないぞ。」
男の子たちは、俄然興味をもってしまったようだ。大声で笑って盛り上がる彼らとは反対に、あたしは焦りと不安で、急に鼓動が速くなった。
この雰囲気に、覚えがあるのだ。
中学時代、新田くんと疎遠になったきっかけも、こんな感じだった。あたしが仲良くしようと話しかけたことで、周りにおもしろがられて、いろいろ言われて。それを嫌って、新田くんはあたしを避けたのだ。それはもう、徹底的に。
どうしたら、話をそらせるだろう。冷や汗が背中をつたう。うろたえてしまって、うまく別の話題を探せない。
けれど、新田くんはとても冷静だった。
「ああ。藤原は、幼馴染なんだよ。」
あっさりそう言って、「な?」とあたしに同意を求める。思わずぽかんとまぬけに口を開けて、あたしは頷いた。
「おいなんだ、そのうらやましい話は!」
「幼馴染だと?!」
周りの子から、新田くんが頭をはたかれる。痛そうだ。
けれどあたしは、ほっとした。気まずく思った空気は、新田くんのおかげで、きれいに流れていた。
梶くんが、にっと口の端をつりあげた。
「まぁ何にせよ、応援してくれるのはありがたいな。藤原さんが来てくれるの、すげー嬉しいよ。」
「うん、がんばってね。」
つられて、あたしも笑った。本当は、応援に行くだなんて一言も言ってないんだけれど。さすがにそんなこと、この場では言えない。
「当日の応援だけじゃなくて、わたしら2人、千羽鶴もちゃんと協力するからね。
――それじゃ、圭介。また部活の後で。」
頼子は勝手に、さくさく話を進めていく。また初耳なんだけど、千羽鶴って何?
「おう、じゃーね。」
梶くんが明るく手を振った。
強引な参加表明が済んで、もう頼子も用事はないのだろう。再び腕を引っ張られ、あたしは8組を後にする。
「バイバイ、藤原さん。」
「今度、新田の中学の話、聞かせてねー。」
背中からかけられた声に、振り返って笑顔で手を振った。
なんだか、感慨深くすらあった。
中学時代とは、全然違うのだ。女友達のことをひやかす側に悪意はないし、ひやかされた側も、あっさり笑って受け流すことができる。思春期より一歩、大人になっている。新田くんの対応を見て、そう感じた。男の子の成長は、すごいな。
あたしと新田くんが疎遠になったことは、もう本当に過去の話なのだ。そう再確認できたように思えて、あたしは嬉しくなった。
1人でにやつくあたしに、隣の頼子から弾んだ声がかかった。
「さて、これで朝子も、応援に行かざるを得なくなったよねぇ。」
げ、と思わずうめき声がもれた。
そうだ、問題は何一つ解決していない。塾と古典の勉強と、一体どうしよう。野球部の応援も、本当に行けるのかわからない。あたしは苦い思いで、唇をぎゅっと結んだ。
夏休みの予定を、ちゃんと決めないと。




