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 夏、本番。夏といったら、何を思い浮かべますか?

 ぎらぎら照りつける日差し。止むことのない豪雨のようなセミの鳴き声。海やプール、かき氷とアイスクリーム。盆踊りに、花火。

 夏はいろいろなものがぎっしりつまっているから、きっと人それぞれで連想するものが違うだろう。いち高校生のあたしは、夏に対しては、暑くて熱くてワクワクするようなイメージしかない。まだ受験生ではないしね。

「バカね、夏といったら――甲子園でしょう。」

 それも確かにあるかも。でも、頼子。あんた去年はそんなこと、一言も言ってなかったくせに。



「野球部の?」

 きょとんとして、あたしは聞き返した。意外な人から、意外な言葉を聞いた気がしてならない。頼子は当然、というように頷いた。

「そう、地区予選の初戦。夏休み第一週目の土曜。朝子、どうせ暇でしょ?」

 どうせとは何だ、失礼な。

 期末テストも終わり、夏休みが直前に迫った、だらだらした日々。皆の緊張感は既になく、楽しい休みの計画や夢想に忙しい。実質これが、高校最後の遊べる夏休みなのかもしれない、という漠然とした予感もあって、なおさら気合いが入っている感じだ。夜行バスで旅行に行こうなんて話も、ちらほら聞こえる。

 あたしは正直うさんくさく思いながら、頼子を見返した。透明な下敷きで、やる気なくぱたぱた顔をあおぐ。昼間の空気は、どうしたって熱気がこもっていて、どれだけ風を送ろうが全く涼しくない。

「……野球部の応援、って。いきなりどうしたの?あんた、日焼けすんのすごく嫌がっているくせに。」

 ガンガン日の当たるスタンドに長時間いなければならないことを、それを一番忌避しているはずの頼子が提案してくるとは。一体、どういう風の吹きまわしだろう。

 頼子は少し肩をすくめた。

「そりゃあ、それなりの対策はするよ。朝子は特別美白志向なわけじゃないし、問題ないでしょう。」

 だから一緒に、野球部の応援に行こうよ。頼子はそう言った。

「そうねぇ……。」

 本当ならすぐに「いいね!」と返事するところだけれど、あたしは煮え切らない態度しかとれなかった。ちょっと、思うところがあるのだ。

「……それにしても本当にどうして突然、野球部の応援なんか。」

 なんか、と言うのは失礼かもしれない。けれど頼子と野球部、この2つがあたしにはうまく結び付かなかった。

 頼子は女子バレー同好会に入っている。去年の秋に、頼子たち有志が集まって立ち上げたばかりで、まだ「部」には格上げされてない同好会だ。

 野球とバレー、2つとも球技と考えれば共通点かもしれないけど、活動場所も違うし、接点はあまり思いつかない。だから、あたしには頼子の提案が唐突に思えるのだ。

 頼子はあっさり言った。

「どうして、って。わたしが野球部の梶と付き合っているの、知ってるでしょう。」

「ええ?」

 初耳だ。驚くあたしに、かえって頼子の方が驚いたらしい。あたしたちはつかの間、まじまじと見つめあった。

「――知らなかった?」

「うん。」

「結構、広まってると思ってたのに。」

 頼子は不思議そうに首をかしげた。

「朝子、こういうことに耳が遅いんだねぇ。」

 うるさいなー。あたしは唇をとがらせた。あたしがそういう情報を皆より早くつかんでいることなんて、まずない。「そういう雰囲気」を察知する能力だって皆無だ。結構気にしていることだから、あまりつっつかないでほしい。

「――で、その梶くんの応援に行きたいの?」

 話を戻すと、頼子は頷いた。

「そ。梶はピッチャーなんだけど、ベンチ入りしたんだって。もしかしたら中継ぎで出られるかもって言ってたから、見に行きたいなーと思って。」

 彼氏が試合に出られそうだというなら、応援に行ってもおかしくない。でもあたしは、頼子の「梶くん」の顔も知らないのだけれど。

「あたしにも、その『梶くん』を応援しろって?」

「あんたには新田がいるでしょうが。」

 なにを当然のことをとばかりに、さらりと頼子は言った。

 あたしはぽかんとして――絶句した。

 一瞬、「新田」って誰、とか思ってしまったけれど。あたしの知り合いには「彼」しかいない。

「ゆ――新田くんのこと、知ってるの?」

 心底驚いて、あたしは頼子に聞き返した。

 新田くんとあたしは、幼馴染だ。しばらく疎遠だったけれど、最近再び仲良くなれた。

 でも本当に、ついこの間まで断絶状態だったのだ。あたしと彼が幼友達だということを知っている人は、少し前まで全くいなかったはずだけれど。

 頼子は呆れたような顔をした。

「そりゃ、知ってるよ。新田も野球部でしょう。

 ――あと、最近朝子と仲がいいって話も、知ってる。」

 頼子はにやりと笑って、本当だよね?と続けた。あたしは頷く。

「人のウワサって、すごいなぁ……。」

 なんだか感心してしまった。こんなマイナー情報でも、するする広まっていくプロセスがあるのだ。たぶん、あたしと新田くんが話をしているところを誰かが見たんだろう。それで、あたしと新田くんが古い友達であると知れたんだ。

 頼子は少し考え込むようにして、しみじみと言った。

「わたしの耳にしたウワサとは、随分雰囲気が違うようだけど。――それより、新田もレギュラーらしいよ。」

「そうなんだ。」

 新田くんは昔から、運動神経がいい。レギュラーってたぶん、3年生を押さえて勝ち取ったんだろう。さすがだ。

 見に行きたいなぁ。あたしの気持ちは大きく揺れた。

「ね、行こうって。」

「……うーん。」

 曖昧に言葉を濁して、あたしはこりこりと額をかいた。ちらりと頼子を見ると、当たり前のように行くことを期待している顔だ。あたしは心苦しくなって、おずおず迷いの原因を打ち明ける。

「――実は、さ。この夏、夏期講習に行こうかな、って思ってて。」

「へぇ、塾?」

 頼子は目を丸くした。あたしは頷く。

 来年の大学受験も見すえ、そろそろ何かやっておくべきかなーという焦りが、自分の中にあるのだ。まぁ、まずはおためし、という軽い気持ちなんだけれど。――ただ。

 頼子は意外そうな顔をしながらも、ふうんと頷いた。

「いいんじゃない、夏期講習に行くのも。そうしたって、1日くらいは野球を見に行けるでしょう。」

「それなんだけど。」

 あたしは迷いつつも、全部言った。

「……塾行ったらさ、古典の勉強時間、なくなっちゃうかなぁって。」

「――はぁ?」

 頼子は眉をつり上げ、大きな声を出した。怒っているような剣幕に、思わずあたしは首を縮める。

「古典って、あんた。まだやるつもりなの?」

呆れたように、頼子は腰に手を当てた。あたしは、ぐっと言葉に詰まる。

「朝子、あんた理系志望だったよね?」

「そうだけどさ……。」

 来年の文理選択で、あたしは理系クラスに進むつもりだ。その方針を変えるつもりはない。

 でも、もっと古典を勉強したいというのも、正直な気持ちなのだ。せっかく、おもしろいと思うようになってきたのだから。

 ま、それはいいけど、と頼子は息をはいた。

「とりあえず、8組行くよ。」

「え?」

 なんで8組?

 あたしの疑問の声を、頼子はすっぱりと無視した。がっしり腕を掴まれて、そのままずるずると、頼子に引きずられていった。


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