第五話 静の灯
― 夜、執務室 ―
静まり返った室内。
机に積まれた書類を前に、リーネは黙々とペンを走らせていた。
窓際では、アルドが椅子に深く腰掛け、外の夜景を眺めている。
沈黙は重くない。
それが二人の距離だった。
「団長」
リーネが顔を上げる。
「カイルを正式に認めた理由を、お聞きしても?」
アルドは視線を外さない。
「死にかけていたからな」
簡潔な返答。
「騎士は誇りで立つ。誇りを与えれば、あとは勝手に強くなる」
理屈ではなく、確信。
リーネは一瞬だけ視線を落とす。
「あなたは……部下を甘やかしすぎます」
アルドがわずかに笑う。
「甘いのはお前だ、副団長」
そして、静かに続ける。
「よくやっている、リーネ」
ペン先が止まる。
胸の奥が、わずかに跳ねた。
だが、顔は変えない。
「光栄です、団長」
それ以上は何も言わない。
夜は、静かに更けていった。
― 翌日、王城補給管理室 ―
「第三騎士団、補給申請書類の再提出を」
リーネは冷静に書類を並べる。
損耗率、巡回頻度、予備装備数。
すべて計算済み。
そこへ、重い足音。
鎧の軋む音が近づく。
第二騎士団副団長。
無骨な体躯。鋭い眼光。
彼は書類を一瞥し、机に置いた。
「過剰だ」
低い声。
「何がでしょう」
「補給数だ。戦場で損耗を恐れる部隊に、勝利はない」
周囲の空気が止まる。
武道派の価値観。
リーネは微動だにしない。
「損耗を減らすのが、指揮官の務めです」
副団長が一歩近づく。
「団長に守られている部隊が、何を語る」
刺すような言葉。
リーネの瞳が、ほんのわずかに冷える。
「第三騎士団は、団長一人で構成されているわけではありません」
声は静か。
しかし一歩も退かない。
「必要数です。根拠も提示済みです。異論があるなら数値でどうぞ」
副団長は無言で資料を見る。
沈黙。
やがて、低く言う。
「……実戦で証明しろ」
背を向ける。
その時。
柱の影から声が落ちた。
「副団長」
アルドだった。
いつからいたのか分からない。
第二騎士団副団長が止まる。
アルドは淡々と言う。
「うちの副団長は優秀だ」
それだけ。
誇示でも威圧でもない。
事実として。
副団長はわずかに目を細める。
「……承知している」
去っていく鎧の背。
室内の空気がゆっくり動き出す。
リーネは書類を整える。
何事もなかったように。
だが胸の奥に、静かな熱が灯る。
(私は、副団長だ)
感情は、任務の邪魔をしない。
― 訓練場 ―
剣戟の音。
カイルが転がる。
「まだ踏み込みが甘ぇ」
グランが笑う。
「副団長、随分噛みつかれてたな」
カイルが歯を食いしばる。
「悔しくないんですか」
「悔しいさ」
グランは空を見上げる。
「だから強くなるんだろ?」
カイルは立ち上がる。
「任務で証明する」
その言葉に、わずかな変化があった。
怒りではない。
誇りだ。
その時。
詰所の扉が勢いよく開く。
「王城より通達!」
伝令が叫ぶ。
「北方監視塔周辺にて大規模魔獣群を確認!
第二騎士団と第三騎士団の合同出撃が決定しました!」
静かな日常が、終わる。
リーネは即座に指示を飛ばす。
「戦力再編成。補給追加。機動班は軽装」
アルドがゆっくりと立ち上がる。
「準備しろ」
その一言で、全員が動く。
武の旗と、静の旗。
交わる時が来た。




