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第三話 団長が立つとき


黒いミノタウルスの魔力が膨れ上がる。

森の空気が重く沈む。

団員たちの膝が震える。

呼吸が浅くなる。

カイルは槍を支えに立っていた。

視界が揺れる。

黒きミノタウルスが立ち上がる。

右脚から血を流しながらも、その威圧は増していた。

赤い目が、カイルを捉える。

(ああ)

妙に静かだった。

(ここで終わるんだ)

怖い。

だが逃げられない。

グランが立ち上がろうとしている。

リーネが叫んでいる。

だが間に合わない。

ミノタウルスが斧を振り上げる。

空が見えた。

(団長)

ただ、悔しかった。

もっと強くなりたかった。

もっと、第三でいたかった。

斧が落ちる。

――その瞬間。

鋭い衝撃音が森に響いた。

痛みは来ない。

目を開ける。

そこに、背中があった。

黒い外套。

見慣れた背中。

「……団長」

アルドが立っていた。

ミノタウルスの斧を、片手で受け止めている。

使っているのは、ただの鋼の長剣。

きぃん、と鈍い音が震える。

アルドは振り向かない。

「よくやったな」

低い声。

カイルの喉が詰まる。

「団長……俺、」

「立ってた」

それだけ。

「逃げなかった」

ミノタウルスが力を込める。

地面が割れる。

だが、アルドは微動だにしない。

「第三騎士団だ」

短く、重い。

「胸張れ」

カイルの視界が滲む。

ミノタウルスが斧を引き、横薙ぎに払う。

速い。

だが。

アルドは一歩踏み出す。

それだけで、間合いが消える。

誰にも見えなかった。

次の瞬間。

銀色の軌跡が森を横切る。

一閃。

音が遅れて届く。

ミノタウルスの動きが止まる。

巨体が静止する。

赤い目が揺らぐ。

ゆっくりと、ずれる。

胴が斜めに滑り落ちる。

黒い血が噴き出し、巨体が崩れ落ちた。

地面が震える。

森が、静まり返る。

アルドは剣を払う。

血が飛ぶ。

それだけ。

リーネが近づく。

肩から血を流しながらも、姿勢は崩れない。

「……遅いです」

アルドは肩をすくめる。

「壊れてなかった」

グランが笑い、咳き込む。

「はは……やっぱり別格だな」

アルドはカイルを見る。

まだ震えている少年。

目が合う。

「怖かったか」

カイルは頷く。

「はい」

「いい」

それ以上は言わない。

だが目は逸らさない。

一瞬だけ、わずかに頷く。

それで終わりだ。

リーネが号令をかける。

「負傷者をまとめて帰還! 警戒は維持!」

団員たちが動き出す。

誰も死んでいない。

それを確認してから、アルドは最後尾についた。

王都へ戻ると、城門がざわめいた。

「ミノタウルスを……第三だけで?」

「団長が出たらしい」

「昼寝団長が……?」

アルドは欠伸をひとつする。

「騒ぐな。うるさい」

それだけ言って、屋根へと戻る。

リーネは報告へ向かい、グランは部下を担ぎ、団員たちは持ち場へ散る。

カイルは立ち止まり、屋根を見上げた。

団長はもう寝転んでいる。

何事もなかったかのように。

だが、出撃前とは違う。

胸の奥に残る言葉。

「立ってた」 「逃げなかった」 「第三騎士団だ」

それで十分だった。

グランが隣で笑う。

「坊主」

「はい」

「背中、見たな」

カイルは小さく頷く。

屋根の上。

アルドは目を閉じたまま呟く。

「……死ぬなよ」

声は風に溶ける。

第三騎士団は、生きて帰った。

団長が立った。

それだけで、十分だった。

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