第一話 昼寝団長
王都南区、第三騎士団本部。
石造りの建物の屋根の上で、男が寝ている。
片腕を枕に、空を見上げながら。
第三騎士団団長、アルド。
「……平和だ」
心底どうでもよさそうに呟く。
下から怒鳴り声が飛んだ。
「団長!!」
赤髪を揺らし、屋根に飛び乗ってきた女が立つ。
副団長リーネ。
鋭い目つきと軍装がよく似合う。
「合同会議、あと十分です」
「任せた」
即答。
リーネのこめかみがぴくりと跳ねる。
「今回は魔物の異常発生についてです。他団長も全員出席します」
「俺が行くと揉める」
「揉めさせないでください」
アルドは寝転んだまま片目を開ける。
「第二はどうせ『第三に任せて様子見』って言う」
「……否定できません」
「第一は?」
「静観でしょう」
「じゃあいい」
リーネは深く息を吐く。
怒鳴りたいのを飲み込む仕草だ。
「では、団としての方針は」
「被害が出る前に叩く」
「団長が出ますか?」
「出ない」
即答だった。
リーネはじっと見下ろす。
「理由を」
「まだ壊れてない」
それだけ。
意味不明だが、リーネはそれ以上追及しない。
長い付き合いだ。
団長がそう言うときは、本当にまだ出る必要がないときだけだと知っている。
「……承知しました。第三のみで動きます」
「任せた、副団長」
「ええ。あなたの団ですから」
皮肉か、信頼か。
どちらとも取れる言葉を残し、リーネは屋根を飛び降りた。
訓練場。
若い少年が槍を抱え、落ち着かない様子で立っている。
カイル。入団一年目だ。
「なあ、グランさん」
隣にいる白ひげの大男に話しかける。
「団長、本当に出ないんですか?」
白ひげの古参騎士グランは腕を組んだまま笑う。
「出ねえな」
「あんなに魔物が増えてるのに?」
「だから出ねえ」
カイルは眉をひそめる。
「舐められてるんですよ、俺たち」
遠くで第二騎士団の団員がこちらを見て笑っている。
「昼寝団長のとこは楽でいいな」
そんな声が聞こえた。
カイルの拳が震える。
「悔しくないんですか!」
グランはゆっくりと視線を少年に落とす。
「悔しいさ」
「じゃあ――」
「だがな、団長が寝てるってことはな」
一歩、近づく。
低い声。
「まだ“その程度”ってことだ」
カイルは言葉を失う。
「昔な」
グランは空を見上げた。
「団長が立った日があった」
「……?」
「城壁が半分消えた」
カイルの顔が青ざめる。
「冗談ですよね」
「さあな」
グランは白ひげを撫でる。
「俺はあの日、二度と見たくねえ」
夕刻。
リーネが戻る。
表情は険しい。
「第二はやはり静観。第一も動きません」
団員たちが小さくざわめく。
カイルが前に出た。
「副団長、俺たちだけでやるんですか?」
「ええ」
迷いはない。
「怖いかしら?」
カイルは一瞬黙る。
「……怖いです」
「正直でよろしい」
リーネは微かに笑った。
「でも、団長が出ないということは、私たちで足りるということです」
「信じてるんですか?」
「ええ」
即答だった。
「あなたたちを。そして、あの人の判断を」
そのとき。
屋根の上から声が落ちる。
「おーい」
全員が見上げる。
アルドが座ったまま手を振っていた。
「死ぬなよ」
それだけ。
団員たちは苦笑する。
カイルは思わず叫んだ。
「団長! 本当に来ないんですか!」
アルドは少し考える素振りを見せる。
「壊れたら行く」
「壊れるって何ですか!」
「街とか」
さらりと言う。
場が凍る。
リーネがため息をついた。
「冗談です」
アルドは笑わない。
「……半分な」
胸の奥が、熱を帯びる。
――ねえ。
幼い声。
アルドだけがわずかに目を細める。
――匂うよ。揃ってる。統率してる。
「黙ってろ」
――使えば終わるのに。
「まだ早い」
屋根の上での小さな会話は、誰にも聞こえない。
下ではリーネが号令をかける。
「第三騎士団、出撃準備!」
鎧の音が重なる。
カイルが槍を握る。
グランが肩を叩いた。
「震えてるな」
「……はい」
「いい震えだ」
グランは笑う。
「団長が寝てる間に終わらせるぞ」
カイルは屋根を見上げる。
アルドはもう寝転がっている。
本当に来ないつもりだ。
「……俺たちが、第三ですもんね」
リーネが振り返る。
赤髪が夕陽に染まる。
「ええ」
強い目。
「私たちは少数精鋭。選ばれた者たちよ」
遠く、王都の外。
黒い影がうごめく。
何かが、確かに動いている。
屋根の上で、アルドは空を見つめる。
「面倒だな」
だが立たない。
団長が立つのは。
本当に、すべてが壊れるときだけだ。
胸の奥で声が笑う。
――楽しみだね、団長。
アルドは目を閉じた。
「静かにしてろ」
夕陽が沈む。
第三騎士団は、静かに戦場へ向かった。




