予告状
届いた。紫色の封筒に赤黒い封蝋がされている。悪趣味極まりない。
「ついに私の元に来てしまった...しばらく外出は無しだな」
頬のこけた細身の女、葦原沙羅は読みかけの本を栞もせずに本棚に戻した。
「警備を増やせ、私の安全を最優先に。」
簡潔に、ただそれだけを言うと沙羅は秘書一人を残し部下を部屋から出す。ネクタイを緩めて、椅子の背もたれに全体重を預ける。深く息を吐くと沙羅の外面の顔が剥がれ落ちた。
「舞ちゃん‥アタシもしかして死んだ?え普通にめっちゃ嫌なんだけど?結婚とか考え出す年だよ!?まあ彼氏もいたことないけどさーいやそれもおかしいじゃん!!アタシかわいいよねえ!?なんで彼氏の一人もできないんだよおおお」
泣きながら舞の胸に顔を押し当てた。そう、沙羅は見栄っ張りだ。聡明で常に完璧の判断をする。しかしそれは頑張った結果だ。本来の彼女はそんなできた人間ではなかった。
「大丈夫っすよ!沙羅さんくそかわいいっす!ホントなんで彼氏出来ないんすかねえ」
泣きわめく沙羅の頭を撫でながら舞が言う。
「もしかしたら間違いかもしれないし、とりあえず警察っすね」
舞は固定電話から警察に連絡する。
沙羅はスマホを開き封筒について検索した。
最近多発している毒殺事件。犯人は必ず犯行前に予告状を出す。それはどこからともなく現れる。どれだけ厳重なセキュリティも掻い潜りターゲットの部屋に手紙を置く。
その手紙にはこう記されている
「私の愛が貴方に届きますように」
それが何を意味しているのかは解明されていないが、その手紙を受け取った日から3日後手紙を受け取ったものは事件の被害者リストに載ることになる。
今までに数十人の犠牲者を出しているこの事件は罪なき住民を恐怖に陥れていた。
記事を読み沙羅の顔は蒼白になった。
翌日、沙羅の家に警察が来た。舞が玄関で警察を出迎えた。豪華な内装に警察官たちは思わず息を呑む。長い廊下を歩く。道中、舞と警察はいくつかの会話を交わした。
「沙羅さんはどんな方ですか?会う前にある程度知っておきたくて」
若い警官が言った。舞は愛想笑いで返事をし、口を開きかけて言葉を押し戻す。数瞬の時間を置いてから、舞はまた口を開いた。
「沙羅さんは、聡明で、いつも私の規範となってくださる。憧れの存在です」
ふむふむと若い警察はノートにメモを取っていた。
どこまでも続くかのように思えた廊下を歩き切り沙羅の部屋につく。
「これはどうも。お忙しい所時間を作っていただき光栄です」
ベテランであろう警察は部屋に入るなりすぐ帽子を取り沙羅に挨拶をした。警察の行動に若干驚くがすぐにいつもの調子を取り戻し、沙羅も警官に頭を下げる。
「いえ、感謝を申し上げたいのは私の方です。予告状のせいでここ最近は何をするのも億劫で」
くつろいでくださいと、椅子を指す。大理石のテーブルの上には紅茶と茶菓子が置かれている。警官二人は椅子に腰掛ける。
「今回事情聴取を担当させていただく、春日居重面です。こっちは阿部ムヒカです」
「補佐を務めます。よろしくお願いします」
落ち着いた低い声で重面が言う。ムヒカの方はどこか初々しさが抜けきっていなく沙羅は少し心配になった。
「自己紹介ありがとうございます。ある程度知っているとは思いますが、一応私も。北川沙羅彼女は秘書の舞です」
軽く握手をして、四人は本題に入った。ムヒカはレコーダーをセットし、ノートパソコンを開く。
「では今回の事件について整理しましょう。まず昨夜午後八時丁度に沙羅さんが自室に戻る、そこには一通の封筒があった。ここまででなにか誤りはありますか?」
特に、沙羅は一言だけ答えた。
「では次です。紫色の封筒に赤黒い封蝋がされていた。それを開けると「私の愛が貴方に届きますように」そう記されていた。最近の事件のこともありあなた、沙羅さんは通報をし、今に至る」
「なんか気持ち悪いですね「愛が届きますように」ってその後殺‥」
「間違いはありませんか」
重面がムヒカの言葉を遮った。やってしまったというような感じでムヒカは目を逸らしていた。
「すべて間違いはありません」
重面は書類をしまうとこれからの流れについて説明を始めた。部屋の空気は重苦しく、息が詰まる。自分が悪事を働いたわけでもないのに体が緊張する。
「では、聴取は以上です。お疲れ様でした。私達はこれで失礼します」
重面はそう言うと荷物をまとめて部屋から出ようとした。ムヒカも後を追うように重面について行った。
「え、あのこれで終わりですか?私はどうすれば‥‥」
心配そうな声で重面に尋ねた。しかし重面は何を言っているんだというような調子で答えた
「何もしないでいいですよ?できることもないでしょうし」
フリーズした沙羅に背を向け二人は部屋を出ていった。「重面さんそのさっきはすいませんでした。その‥」言い訳をするムヒカの声が少しだけ聞こえた。
捜査になにか進展がなければ沙羅はその間放置される。三日間のリミットがあるにも関わらず、ただ待つだけ。沙羅は椅子に深く腰掛け、ここ最近で一番大きなため息を付いた。
「もうこれ死んだじゃん。この予告が届いてから生き延びた人だれもいないんだよ!?それなのにただ待ってろって‥‥」
昨日と同じくまた舞にしがみついた。ぽんぽんと背中をたたき、大泣きする沙羅をなだめる。抱きつく沙羅を引き剥がし自分の上着と沙羅の上着をコートラックにかける。洒落たラックに揺れるジャケットはどこか寂しさを見せた。
「まあまあ、一旦落ち着きましょう。みんな死んでるとは言っても、沙羅さんが最初の生存者になるかもしれませんよ?そもそも送り間違えの可能性だってないこともないんじゃないですか?沙羅さん恨みを買うような人じゃんないですもん」
舞の言葉が沙羅の心を軽くする。仕事のストレス、見えを張って作った外面、どれも沙羅にとっては重荷になる。ストレスをさらけ出す相手がいることは沙羅にとって何よりも大きいことかもしれない。
「そうだよね‥!きっと何かの間違いだ。でも確証がないよおお!怖い!」
「あそうだ、一緒に探してみましょうよ。沙羅さんが狙われたのが勘違いだったっていう理由を」
怯える沙羅に舞は明るく提案した。舞の胸にうずめていた顔を勢いよく上げた。
「そうだ!たしかに。ここから3日間は部屋から出れないし仕事もお休み!一緒に勘違い説探し頑張ろ!」
沙羅は涙を拭いパソコンを起動した。
「あ、そういえばさ。やっぱり敬語やめない?役職があったとしてもアタシたち幼馴染じゃん?」
なんの気なしに沙羅は舞に言った。舞の顔に少し影が入ったように見えた。
「もう癖みたいになってて、治すのむずいっすよ。そんなことより、早く探さなくていんすか?」
うまいこと話をずらされてしまった。まいいか、と沙羅はパソコンの方に向き直った。




