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君の声が、時間を動かす  作者: 凪砂 いる


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10.影の奥に咲くもの

 その夜。私は、また夢を見た。

 真っ赤な彼岸花が咲き乱れる、静かな野原。

 何の音もせず、しんとした、ただ空気だけが重く沈んでいるような場所。


 ――そして、そこに立つ姿。


 けれど、今回は違っていた。


 そこにいたのは、子どもの頃の湊くんではなく――今の彼だった。


 しかしその顔は、私の知る湊くんとはまるで違っていた。

 その目は感情を閉ざしたように冷たく、声はどこか遠く、乾いていた。

 

「……どうして、君はここに来るの?」

 

 私は思わず息を呑む。

「湊くん……?」

「ここは誰も来ちゃいけない場所だよ。オレの中の、奥の奥――誰にも見せたことのない場所」

 振り返った彼は、泣いているようにも、笑っているようにも見えなかった。

 その曖昧な表情が、ひどく痛々しかった。

「……全部、終わったことだから。思い出さなくていい。忘れていた方が、きっといいんだ」

 その背中が、じわりと闇に沈んでいく。

 まるで自分を、深い影の奥に閉じ込めようとしているように。


「待って!  湊くん!」

 私は手を伸ばした。

 だけど、届かない。あと少しなのに。ほんの一歩なのに。

 まるで、彼を隔てる見えない壁が、そこにあるかのようだった。

「……一緒に背負わせてよ。湊くんの過去も、痛みも、全部じゃなくていい。少しだけでも……私にも抱えさせてよ!」

 その瞬間、風が吹き抜けた。

 赤い彼岸花がざわめき、彼の姿がゆっくりと遠ざかっていく。


 ――お願い、行かないで。


 そう叫びたかったのに、声はもう届かなかった。

「……っ!」

 目を覚ましたとき、頬には涙が伝っていた。

 枕がしっとりと濡れていて、夢じゃないような感覚だけが胸に残っていた。

「……また、夢……でも……」

 夢だとは思えない、胸の奥に残る痛み。

 そして、あのとき湊くんが放っていた、どうしようもない寂しさの色。

 きっと彼は、心の奥深くに、誰にも触れさせない影を抱えている。

 その扉を開く鍵が――もしかしたら、私の中にあるのかもしれない。

 そう思った瞬間、私の中に、静かな決意が灯った。

 

「……もう少し、彼のそばにいよう。彼を、知りたい」

 

 翌朝。制服に袖を通しながら、私は鏡の中の自分を見つめた。

 少し赤く腫れた目の奥に、昨日とは違う何かが宿っている。


 ――昨日の私より、ほんの少しだけ強い。


 そんな気がした。

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