8.心が揺れるとき
放課後の教室。
窓の外では、夕焼けが校庭をゆっくり染めていく。
「侑、今から少し、話さない?」
柚葉が、いつものように隣に立っていた。けれど、どこかその声色は柔らかく、少しだけ探るような響きがあった。
「……うん」
私は頷き、そっとカバンを肩にかけた。
人気のない中庭のベンチに腰を下ろす。空気は冷え始めていたけれど、柚葉の隣にいると少しだけ落ち着いた。
「最近、ちょっと元気ないよね。……湊くんのこと、気になってるんでしょ?」
唐突に切り込まれて、私は思わず肩をすくめる。
「えっ、なんで……?」
「侑のこと、昔から見てるから。目を見たらわかるよ。あと、侑があんなふうに他の誰かを“見てる”の、初めてかもしれない」
私は口を閉ざしたまま、夕焼けに染まる空を見上げた。
「……夢に、出てくるの。湊くんが、小さい子どもの姿で。泣いていて、すごく……孤独で。私、助けたいのに、手が届かないの」
それを話しただけで、胸の奥がまたきゅっと締めつけられる。
「たぶん、それって、ただの夢じゃないんだと思う。……彼の中にある、誰にも見せない悲しみ。そういうものに、私は触れちゃったんだと思う」
「……侑は昔から、そういう子だったよね」
柚葉が、やわらかく微笑む。
「私、最初に転校してきたとき、思ったんだよ。『この子、不思議な目をしてる』って。……でも、それって、人の痛みに気づける目だったんだって、最近よくわかる」
「でも、そんな私でも……彼の傷を癒せるのかな」
「癒すとかじゃなくてさ、ただ、隣にいるだけで救われることもあるんじゃない?」
柚葉の言葉が、静かに胸に染みていく。
「ねえ、侑。もしさ、湊くんのこと、少しでも特別だって思ってるなら……」
「……うん、思ってる。まだ、よくわかんないけど……ただの同情とか、興味とかじゃないと思う。もっと、あたたかくて……でも、ちょっと怖いくらい、深い気持ち」
柚葉は微笑んだまま、私の肩にそっと手を置いた。
「じゃあ、それでいいじゃん。名前のつけられない想いでも、それが本当なら、大事にすればいい」
私はその言葉に、静かにうなずいた。
「ありがとう、柚葉。……背中、押してくれて」
夕陽がふたりの影を長く伸ばしていた。まるで、これから続く道を指し示すように。
心の奥で、何かがすこし動いた気がした。
今度こそ、自分の言葉で、彼と向き合いたい――そんな想いが、そっと芽吹いていた。
柚葉と別れて、校舎へと戻る途中、私は少しだけ胸にあたたかさを感じていた。
さっきまでの迷いが、ほんの少しだけ、輪郭を持ち始めた気がしたから。
自分の気持ちはまだ曖昧で、名前すらつけられないけれど。
でも、きっとそれでもいい。
私は――私なりに、向き合っていきたいと思う。




