7.見えない涙、届かない手
その晩、私はまた――夢を見た。
赤い花が一面に咲き乱れる、静かで不気味な花畑。
その中心に、またあの子がいた。
小さな湊くん。けれど、前に見たときよりも、ずっと暗い影をまとっていた。
澱んだ表情。
吸い込まれるような、深くて冷たい眼差し。
まるで、すべてを失ってしまった者のように。
生きていることさえ諦めたような――そんな絶望の色が、彼の目には宿っていた。
私は思わず、手を伸ばした。
――届いてほしい。
暗闇の中にいる彼を、少しでも、引き戻せたらって。
でも、その手は届かなかった。
湊くんの姿は、すうっと花畑の奥へ遠ざかっていく。
真っ赤な花の色だけが、滲んでいくように揺れていた。
――っ!
目が覚めた瞬間、私の頬を涙がつたっていた。
知らない間に、流していた涙。
止めようとしても止まらなくて、天井の白ささえ霞んで見えた。
どうして、こんなに胸が苦しいんだろう。
どうして、彼の悲しみに、こんなにも心が痛むの?
私は、ベッドの中でただ静かに――しばらくの間、泣き続けた。
カーテンの隙間から、やわらかな朝の光が差し込む。
けれど、私の心の奥にはまだ、あの夢の残像が、しっかりと色を残していた。
鏡に映る自分の顔は、少しぼんやりして見えた。
目元が赤く腫れていて、ああ、本当に泣いてたんだな……って、改めて実感する。
「……夢だったのに、夢じゃなかったみたい」
着替えながら、ぽつりと呟いた。
湊くんの、あの深い悲しみが、自分の中にも染み込んでくるみたいで。
胸がぎゅっとなる。
朝の空気は、少しひんやりとしていた。
でも私の胸の奥には、まだあの夢の残り火がかすかに残っているように感じた。
夢の中の湊くん。
泣いていた。暗い目をして、ただひとり、赤い花畑に立っていた。
――私は、それを、忘れられなかった。
(どうして、あんな夢を見たんだろう)
心の中に、ぽつんと答えの出ない問いが浮かぶ。
会ったばかりの湊くん。
それなのに、どうしてこんなに彼のことが気になるの?
教室に入ると、いつもと変わらない朝の風景がそこにあった。
誰かが笑っていて、誰かが机を動かす音がして。
それなのに、自分だけが、別の時間に取り残されているような気がした。
席について、ぼんやりと窓の外を眺めていたとき――。
「侑ちゃん?」
声に、はっとする。
そこには湊くんが立っていた。
少しだけ心配そうな顔で、私を見つめていた。
「……あ、うん」
「大丈夫? なんか……元気ない?」
「ううん。寝不足かな。ちょっと、変な夢見て」
言葉を選びながら、私は笑ってみせる。
湊くんは、それ以上は何も言わなかった。
でも、少しの間だけじっと私を見てから――。
ふいに目をそらして、自分の席へ戻っていった。
私は、その背中を見送った。
言葉にできない感情が、胸の奥で静かに渦を巻いていた。
(これは……同情? 心配? それとも、もっと……)
わからない。
でも、湊くんの“痛み”が、私の心の中に少しずつ入り込んでくるのがわかる。
彼のために、何かしてあげたい。
だけど、今の私には、何をすればいいのかさえわからなかった。
そっと胸に手を当てる。
あたたかくて、でも、ほんの少しだけ痛かった。




