6.あなたの影
「侑ちゃん、送るよ」
図書室で話していたら、窓の外はすっかり薄暗くなっていた。
私たちは連れだって、夕陽が残る通学路を歩く。
「……ねぇ、湊くん」
ふと、足を止めるようにして私は声をかけた。
「ん?」
「最近ね、不思議な夢を見るの」
「赤い花畑に、小さな湊くんがいて……泣いてるの」
湊くんの表情が、すっと翳った。
「やっぱり、侑ちゃんは気づいてたのか……」
彼はぽつりと呟くように言った。
「前に話したけど、オレは小さい頃に家族を事故で亡くしたんだ。父さんと母さんと、兄ちゃん。……全部、突然だった」
彼は顔を曇らせたまま話を続ける。
「でも、その時の記憶だけが、なぜか抜け落ちて思い出せないままなんだ」
彼の言葉は静かで、それでいて、どこか苦しげだった。
「オレもね、最近よく夢を見るんだ。泣いている小さいオレに、侑ちゃんが手を伸ばしてくれる夢。なのに……その手が届かないんだ」
「……そうなんだ」
私は、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
夢に現れたあの小さな湊くんは、きっと彼の心の中に封じられた記憶――。
でも、それだけじゃないような気がした。
私と湊くんは、ただの偶然で出会ったんじゃない。
もっと、深いところで、どこかがつながっている。理由はわからないけど、そう思えてならなかった。
「……それって、偶然かな」
私がぽつりとつぶやくと、湊くんは首をかしげてから、少しだけ笑った。
「どうだろ。でも……偶然にしては、できすぎてる気がする」
ふたりの歩く音だけが、静かな道に響いた。
夕陽が地面を赤く染めて、長く伸びた私たちの影をやさしく包んでいく。
「……湊くんのこと、もっと知りたいなって思った」
ふいに口をついた言葉に、湊くんは一瞬驚いたように目を見開き、そ のあと、ちょっと照れたみたいに笑った。
「……そっか。じゃあオレも、侑ちゃんのこと、ちゃんと知りたい」
彼の言葉が、じんわりと胸の奥に染みていく。
なんてことない放課後なのに、心がこんなにも揺れるのは、どうしてなんだろう。
並んで伸びるふたつの影が、少しずつ近づいていくように見えた。
「なんか変な話になったね」
湊くんが、少しだけ苦笑いする。
「ううん。話してくれて、ありがとう」
私は彼の方を見て、そっと笑い返した。
道はやがて、私の家の前にたどり着いた。
空はもうすっかり、夜の色。
「侑ちゃん……また、一緒に帰ってもいい?」
その声が、ほんの少しだけ震えていた気がした。
「うん。こっちこそ、お願い」
お互い、照れくさそうに笑い合った。
家に入り、カバンを置いてリビングへ向かう。
――ふと、視線が吸い寄せられるように、あの絵の前で足が止まった。
父さんが描いた、彼岸花の絵。
「……え?」
思わず、小さく息をのむ。
そこには、以前にはなかったはずの何かが、描き加えられているような気がした。
赤く染まる花の海の、その奥。
まるで遠くに影のように――ふたりの小さな人影が、並んで立っているように見えた。
「侑? どうかしたの?」
母さんの声に、私ははっと振り返った。
「……ううん。ちょっと……見間違いかも」
そう答えながらも、胸の奥がざわついていた。
まるで絵が、少しずつ『記憶』と『影』を取り戻しているみたいに――。




