5.揺れる気持ち
放課後。
チャイムが鳴って、しばらくたった頃。
教室を抜け出して向かった図書室には、誰の姿もなかった。
本棚の間をふらふらと歩いていると、後ろから小さな足音が近づいてくる。
「ここにいたんだ。やっぱり静かなとこが好きなんだね、一ノ瀬さん」
振り返ると、湊くんがいた。
あえて私を探してきたような、そんな自然な顔で。
「……どうして、ここに?」
「なんとなく。ちょっと本でも読もうかなって思ってさ。隣、いい?」
「あ、うん……」
ふたりで、窓際の席に並んで座る。
窓の外は、ほんのり夕暮れのオレンジ色がさしていた。
「この学校って、なんか時間が止まってるみたいに古いよね」
湊くんがぽつりと言う。
「うん。でも、嫌いじゃないよ。落ち着くし」
「そっか。……一ノ瀬さんって、やっぱりちょっと不思議なとこあるよね」
「よく言われるよ。それ、昔から」
湊くんは私の顔をのぞき込むようにして、少し声を落とした。
「……でも、俺はその不思議さ、けっこう好きかも」
思わず目を逸らしてしまった。
どう答えればいいかわからなくて。
でも、胸の奥がほんのりあたたかくなるのを感じた。
――ただ静かに、本をめくる音だけが、図書室に響いていた。
図書室の窓からは、夕方の光が柔らかく差し込んでいて、彼の髪の先が少しだけ金色に染まって見えた。
「本、好きなの?」
彼が小さな声で聞いてくる。周囲に気を遣うように。
「うん、静かで落ち着くから」
ページをめくる手を止めずに答えると、湊くんがふっと笑った。
「へぇ、意外」
「何が?」
「一ノ瀬さんってさ、なんか……もうちょっと、バリア張ってる感じかと思ってた」
「バリア?」
「うん。誰にも心を見せない、みたいな」
ちょっとおどけた口調だったけど、言葉の奥に、ちゃんと見てくれてる感じがして――私は、思わず笑ってしまった。
「……そうかも。でも、湊くんもでしょ?」
「え、オレ?」
「笑ってるけど……たまに、すごく悲しそうな顔してる時あるから」
湊くんは一瞬だけ驚いたように目を見開いたけど、すぐにやわらかく笑った。
「なんかさ、侑ちゃんって……」
ふいに名前で呼ばれて、私は少し驚いて彼を見た。
「……いま、名前で呼んだ?」
「うん。なんか、『一ノ瀬さん』って他人行儀じゃん。……ダメだった?」
「別に……嫌じゃないけど、急だなって」
湊くんは照れたように笑って、視線をそらした。
「そっか。でも……侑ちゃんって呼ぶ方が、オレはしっくりくる」
その言葉が、胸の奥にふわっと残った。
さっきまで読んでいた悲しい物語の続きが、少し遠く感じる。
ページをめくる指先も、なんだかぎこちない。
湊くんの肩が、思ったより近くて。
その距離に、私は少しだけ――心をゆるめた。




