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君の声が、時間を動かす  作者: 凪砂 いる


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3/15

3.夕暮れの道で

 教室で湊くんと話していたら、外はすっかり日が暮れていた。


「帰ろう。送るよ」

 湊くんがぽつりと口を開いた。

「ありがとう。でも、転校してきたばかりなのに大丈夫?」


「何となく……家には帰りたくないんだ」

 湊くんは寂しそうに笑う。

「知り合ったばっかりの一ノ瀬さんに言うのも、悪いんだけど」

「どうしたの?」

「うち、オレが小さい頃に両親亡くしててさ、育ててくれたじいちゃん、ばあちゃんも最近亡くして……今は叔父さんちに引き取られた。けれど……」


 彼の表情が、曇る。

「何となく、帰りたくない」


「そっか……」

 私は、深くは聞かなかった。聞いちゃいけない気がして。

 でも。


「じゃあさ、少し遠回りして帰ろうよ」


 思わずそう言っていた。

 自分でも、びっくりするくらい自然に。


 湊くんが目を丸くして、ふっと笑った。


「変わってるね、一ノ瀬さん」

「よく言われる」


 私もつられて少し笑った。

 なんだか、ほんの少しだけ心があたたかくなった。


 空は青からオレンジ色に染まりかけていて、風は少しひんやりと冷たい。

 だけど、不思議と寒さは感じなかった。


 夕暮れの道に、ふたりの影が細く長く伸びていた。

 沈みかけた陽が、街の輪郭をやさしく染めていく。


「一ノ瀬さんってさ、なんか静かだけど、あったかいね」


 ふと、湊くんがそう言って私の顔を覗き込む。

 不意打ちで、思わず笑ってしまった。


「えっ、なにそれ。急に」


 冗談みたいな空気に、少しだけ肩の力が抜けた。

 けれど、胸の奥がふっと揺れたのを、私は気づいていた。


 足元には、季節外れの花が小さく咲いていた。

 歩きながら、風に乗ってどこからか虫の声が聞こえてくる。


 ぽつり、ぽつりと湊くんが話す。


「オレ、たまにわかんなくなるんだよね。ここにいる意味とか、なんでひとりになっちゃったのかとか」


 私はしばらく黙っていた。

 どう返したらいいかわからなかったし、言葉にしてしまったら、大切なものが壊れてしまいそうな気がして。


 でも、少し考えてから、小さな声で答えた。


「……でも、いまここにいるよ。湊くん」


 彼は、少しだけ笑った。

 それはたぶん、本当の笑顔じゃなかったけど……私にはちゃんと伝わった。

 ――ほんの少しだけ、近づけたような気がした。


 そのあと、ふたりでまた黙って歩いた。


 ときどきふわりと風が吹いて、制服の裾が揺れた。


 しばらくして、湊くんがつぶやいた。


「一ノ瀬さんといるとさ、時間がゆっくりになる気がするんだ」


 私は答えず、小さくうなずいただけだった。


 言葉にしなくても……何かが、そっと、通じ合っていたような気がした。


 夕暮れの光のなか、ふたりの影は、まだ重なるように並んでいた。

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