3.夕暮れの道で
教室で湊くんと話していたら、外はすっかり日が暮れていた。
「帰ろう。送るよ」
湊くんがぽつりと口を開いた。
「ありがとう。でも、転校してきたばかりなのに大丈夫?」
「何となく……家には帰りたくないんだ」
湊くんは寂しそうに笑う。
「知り合ったばっかりの一ノ瀬さんに言うのも、悪いんだけど」
「どうしたの?」
「うち、オレが小さい頃に両親亡くしててさ、育ててくれたじいちゃん、ばあちゃんも最近亡くして……今は叔父さんちに引き取られた。けれど……」
彼の表情が、曇る。
「何となく、帰りたくない」
「そっか……」
私は、深くは聞かなかった。聞いちゃいけない気がして。
でも。
「じゃあさ、少し遠回りして帰ろうよ」
思わずそう言っていた。
自分でも、びっくりするくらい自然に。
湊くんが目を丸くして、ふっと笑った。
「変わってるね、一ノ瀬さん」
「よく言われる」
私もつられて少し笑った。
なんだか、ほんの少しだけ心があたたかくなった。
空は青からオレンジ色に染まりかけていて、風は少しひんやりと冷たい。
だけど、不思議と寒さは感じなかった。
夕暮れの道に、ふたりの影が細く長く伸びていた。
沈みかけた陽が、街の輪郭をやさしく染めていく。
「一ノ瀬さんってさ、なんか静かだけど、あったかいね」
ふと、湊くんがそう言って私の顔を覗き込む。
不意打ちで、思わず笑ってしまった。
「えっ、なにそれ。急に」
冗談みたいな空気に、少しだけ肩の力が抜けた。
けれど、胸の奥がふっと揺れたのを、私は気づいていた。
足元には、季節外れの花が小さく咲いていた。
歩きながら、風に乗ってどこからか虫の声が聞こえてくる。
ぽつり、ぽつりと湊くんが話す。
「オレ、たまにわかんなくなるんだよね。ここにいる意味とか、なんでひとりになっちゃったのかとか」
私はしばらく黙っていた。
どう返したらいいかわからなかったし、言葉にしてしまったら、大切なものが壊れてしまいそうな気がして。
でも、少し考えてから、小さな声で答えた。
「……でも、いまここにいるよ。湊くん」
彼は、少しだけ笑った。
それはたぶん、本当の笑顔じゃなかったけど……私にはちゃんと伝わった。
――ほんの少しだけ、近づけたような気がした。
そのあと、ふたりでまた黙って歩いた。
ときどきふわりと風が吹いて、制服の裾が揺れた。
しばらくして、湊くんがつぶやいた。
「一ノ瀬さんといるとさ、時間がゆっくりになる気がするんだ」
私は答えず、小さくうなずいただけだった。
言葉にしなくても……何かが、そっと、通じ合っていたような気がした。
夕暮れの光のなか、ふたりの影は、まだ重なるように並んでいた。




