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君の声が、時間を動かす  作者: 凪砂 いる


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20/22

21.時の針が指す場所

 秋の風が冷たくなってきた。

 登校のとき、制服の上にカーディガンを羽織る日が増えて、校庭の木々も少しずつ色づいていく。

 季節の変わり目は、どうしてこんなにも胸の奥をそわそわさせるのだろう。その日、私はいつもより少しだけ早く家を出た。

 理由はなかった。ただ、胸の奥で“何か”が静かに動き始めた気がしたから。

 昨夜、時計屋の夢をまた見た。

 でも、今までとは違っていた。

 夢の中で私は、幼い自分に会った。

 そして、その背後に――父さんと母さんの姿が、ぼんやりと浮かんでいた。


 夜。私は思い切って父さんのアトリエの扉をノックした。

「父さん、ちょっと……話してもいい?」

「もちろん」

 父さんはキャンバスに向かって筆を動かしていたが、それをそっと置いて、私の方を向いた。

「時計屋のこと、覚えてる?」

「……時計屋?」

 父さんの表情が、少しだけ揺れる。

「小さい頃、柚葉と一緒に行った、不思議な古いお店。ぜんまいで動く時計が並んでて、時間が止まってるみたいな、変な空気の場所で……」

 私は言いながら、胸の奥が少しだけざわついていた。記憶なのか、夢なのか、自分でも判別がつかない感覚。

 でも、あそこには確かに“何か”があった。

「父さんと母さんも……あそこに行ったことがあるんじゃない?」

 

 父さんはしばらく黙って、それから静かにうなずいた。

「そうか……やっぱり、感じてたんだな。君には、『見える』力があるから」

「やっぱり……」

 私は思わず息をのんだ。

「その時計屋はね、父さんと母さんがまだ若い頃、一度だけ迷い込んだ場所なんだ。そこは……時間の狭間。記憶と記憶の奥にある、ある種の『結界』みたいなものだった」

 父さんは少し遠くを見るように言った。

 

 かつて、父さんと母さんは『輪廻の呪い』に囚われた存在だった。何度も生まれ変わって、何度も出会って、そしてまた別れる運命。

 けれど、ようやくこの世界でその呪いを超え、ふたりは結ばれた。

「その証が、リビングに飾ってある彼岸花の絵なんだ。あの中にいる二人の影は、かつての僕たち――過去の姿さ」

 私は、あの絵の前で感じた胸のざわめきを思い出していた。

「じゃあ、私は……」

「君は、『呪いの終わり』のその先に生まれた子だよ。繰り返しの果てにようやくたどり着いた、『希望』なんだ」

 父さんの目が、やさしく細められる。

「君の中にある力は、僕たちが無意識に継いだ願いと、希望の結晶みたいなもの。だから、きっと、君が見る夢も、出会う人も――偶然じゃない」

 私は何も言えなかった。

 でも、心の奥がじんわりとあたたかくなっていくのを感じていた。


 その夜、夢の中で私はまた、時計屋に立っていた。

 けれど今回は、その扉の向こうに、湊くんの姿があった。

 静かに時を刻む柱時計の前で、彼はゆっくりとこちらを振り返った。

「……ようやく、ここで会えたね」

 その声に、私は確信した。

 ――彼もまた、私と同じように、記憶の奥でこの場所を知っていた。

 夢の中でふたりの影が重なり合い、静かに時の針がカチリと動き始めた。


 朝。窓の外に見えた紅葉は、まるで絵画のように鮮やかだった。

 秋の風が、もうすぐ訪れる冬を予感させる。

 制服のボタンを留めながら、私はふと鏡に映る自分を見た。

 昨日よりも、少しだけ強い目をしていた。

「行ってきます」

 これから、もっと深く――自分の心と、湊くんの心に向き合うため。

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