21.時の針が指す場所
秋の風が冷たくなってきた。
登校のとき、制服の上にカーディガンを羽織る日が増えて、校庭の木々も少しずつ色づいていく。
季節の変わり目は、どうしてこんなにも胸の奥をそわそわさせるのだろう。その日、私はいつもより少しだけ早く家を出た。
理由はなかった。ただ、胸の奥で“何か”が静かに動き始めた気がしたから。
昨夜、時計屋の夢をまた見た。
でも、今までとは違っていた。
夢の中で私は、幼い自分に会った。
そして、その背後に――父さんと母さんの姿が、ぼんやりと浮かんでいた。
夜。私は思い切って父さんのアトリエの扉をノックした。
「父さん、ちょっと……話してもいい?」
「もちろん」
父さんはキャンバスに向かって筆を動かしていたが、それをそっと置いて、私の方を向いた。
「時計屋のこと、覚えてる?」
「……時計屋?」
父さんの表情が、少しだけ揺れる。
「小さい頃、柚葉と一緒に行った、不思議な古いお店。ぜんまいで動く時計が並んでて、時間が止まってるみたいな、変な空気の場所で……」
私は言いながら、胸の奥が少しだけざわついていた。記憶なのか、夢なのか、自分でも判別がつかない感覚。
でも、あそこには確かに“何か”があった。
「父さんと母さんも……あそこに行ったことがあるんじゃない?」
父さんはしばらく黙って、それから静かにうなずいた。
「そうか……やっぱり、感じてたんだな。君には、『見える』力があるから」
「やっぱり……」
私は思わず息をのんだ。
「その時計屋はね、父さんと母さんがまだ若い頃、一度だけ迷い込んだ場所なんだ。そこは……時間の狭間。記憶と記憶の奥にある、ある種の『結界』みたいなものだった」
父さんは少し遠くを見るように言った。
かつて、父さんと母さんは『輪廻の呪い』に囚われた存在だった。何度も生まれ変わって、何度も出会って、そしてまた別れる運命。
けれど、ようやくこの世界でその呪いを超え、ふたりは結ばれた。
「その証が、リビングに飾ってある彼岸花の絵なんだ。あの中にいる二人の影は、かつての僕たち――過去の姿さ」
私は、あの絵の前で感じた胸のざわめきを思い出していた。
「じゃあ、私は……」
「君は、『呪いの終わり』のその先に生まれた子だよ。繰り返しの果てにようやくたどり着いた、『希望』なんだ」
父さんの目が、やさしく細められる。
「君の中にある力は、僕たちが無意識に継いだ願いと、希望の結晶みたいなもの。だから、きっと、君が見る夢も、出会う人も――偶然じゃない」
私は何も言えなかった。
でも、心の奥がじんわりとあたたかくなっていくのを感じていた。
その夜、夢の中で私はまた、時計屋に立っていた。
けれど今回は、その扉の向こうに、湊くんの姿があった。
静かに時を刻む柱時計の前で、彼はゆっくりとこちらを振り返った。
「……ようやく、ここで会えたね」
その声に、私は確信した。
――彼もまた、私と同じように、記憶の奥でこの場所を知っていた。
夢の中でふたりの影が重なり合い、静かに時の針がカチリと動き始めた。
朝。窓の外に見えた紅葉は、まるで絵画のように鮮やかだった。
秋の風が、もうすぐ訪れる冬を予感させる。
制服のボタンを留めながら、私はふと鏡に映る自分を見た。
昨日よりも、少しだけ強い目をしていた。
「行ってきます」
これから、もっと深く――自分の心と、湊くんの心に向き合うため。




