20.今の彼を、見ていたい。
放課後、教室には夕陽が差し込んでいた。
カーテンが揺れて、机の上に影を落とす。
掃除当番を終えて戻ってきた私は、なんとなく席に座ったまま、ぼんやり窓の外を眺めていた。
「……侑ちゃん」
声に振り返ると、湊くんが教室の入り口に立っていた。
「……あ、湊くん。どうしたの?」
「いや、なんとなく。……帰る前に、ちょっとだけ顔が見たくなった」
不意の言葉に、胸の奥がきゅっとなる。
湊くんは照れたように視線を逸らして、窓際の席に腰を下ろした。
「今日……また、夢を見たんだ」
その声に、私は息を呑んだ。
「……時計屋の夢、でしょ?」
「――うん。懐中時計が動いていて、どこかで聞いたような声がした。『時間が記憶を繋ぐ』……そんな言葉だった」
私は、胸がじんとするのを感じながらうなずいた。
「私も、見た。……たぶん、同じ夢」
沈黙が落ちる。
でも、それは重苦しいものじゃなくて、言葉にならない何かを共有しているような、不思議な静けさだった。
「ねぇ、湊くん……」
私はそっと、声をかけた。
「うん?」
「……『おとぎ話』って、信じる?」
湊くんは、少しだけ驚いた顔をして、それから静かに目を伏せた。
「昔は、信じたかった。でも、大人たちに『現実を見ろ』って言われて……いつの間にか、自分でも忘れてたかも」
「でもさ、もし本当に、あの夢の中の世界が、過去の誰かの記憶だったとしたら……。私たちは、何かを繋ごうとしてるのかもしれないよ」
湊くんの横顔が、夕陽に照らされて柔らかく滲んだ。
「……そうかもな」
彼はふっと笑った。その笑顔は、どこか寂しげで、でも、あたたかかった。
「侑ちゃんさ……オレに『いていいよ』って言ってくれたよな」
私は、ゆっくりうなずく。
「今もそう思ってる。湊くんは、ここにいていい」
その言葉に、湊くんがこちらをまっすぐ見つめた。
視線が交差して、心が少しだけ、深く震える。
「……オレ、侑ちゃんに会えてよかった。ほんとに」
それだけで、胸がいっぱいになる。
彼の声が、まるで時計の針みたいに、心の中の何かを動かしていく。
夕暮れの廊下を、二人で並んで歩く。誰もいない、静かな学校。
ただ、窓から差し込む光と、二人の足音だけが響いていた。
私は、そっと手を伸ばしたくなった。
でも――まだ、その一歩が、少しだけ怖くて。
でも、それでも。
確かに心は、彼の方へゆっくり、でも確かに、歩み寄っていた。
夢が、過去が、私たちを繋げる。
けれど、私は“今”の彼をちゃんと見ていたい。
そして、できるなら――。
これから先の時間も、一緒に歩いていきたい。
そんな願いが、静かに胸の中に灯っていた。




