18.時のはざまに灯るもの
文化祭が終わってしばらく経って、教室にはすっかりいつもの日常が戻っていた。
それでもふとした瞬間に、飾りつけの痕跡や、あの笑い声が蘇ってくる。
「……なんだか、ちょっと寂しいね」
柚葉が席に着きながら、ぽつりとつぶやいた。
「でもさ、ちゃんと『残ってる』感じがする。あったかい記憶として」
私はそう答えながら、湊くんの方をそっと見た。彼は窓の外を眺めていたけれど、どこか穏やかな目をしていた。
その瞳の奥にあった冷たくて深い闇は、もう薄れてきている気がした。
その夜――私は、また夢を見た。
前に見たような彼岸花の野原ではなかった。今度は、古びた木造の建物。
懐かしい柱時計の音。鈍く響くカチ、カチという音が、空間を支配していた。
(……ここは、時計屋?)
でも、そこはただの場所じゃなかった。
空間がふわふわと揺れていて、時間も、現実も曖昧なままだった。
――まるで、記憶の奥底にある、忘れていた場所。
私は棚の奥に並ぶ時計たちを見渡しながら、ゆっくりと歩いていった。
その中に、ひときわ目を引く銀色の懐中時計があった。
手に取った瞬間、懐かしい声が響いた。
「侑、これは『希望』の時計なんだよ」
父さんの声だ。
「時間はただ流れていくだけじゃない。誰かが誰かを想い続けた記憶は、いつか未来で芽吹くんだ。たとえば――君のようにね」
そして、場面が変わった。
母さんが私を抱きしめながら静かに語る。
「侑がこの世界に生まれてきた意味、それはね……私たちが輪廻の呪いを越えた“その先”に、ちゃんと希望があるって教えてくれるためなんだよ」
――目が覚めた時、涙が頬を伝っていた。
胸の奥が、静かに熱かった。
自分がどこから来たのか。
なぜ人の心の“揺れ”に気づけるのか。
ようやく、その輪郭がはっきりしてきた。
「私は、呪いの先にある希望――」
言葉にしてみた瞬間、胸にすっと光が灯った。
だからといって、自分が何か特別な存在だとは思わない。
それでも私は、湊くんと出会った。
彼の痛みや悲しみに手を伸ばしたいと、心から思えた。
(それが、『希望』というのなら。……私は、ちゃんとこの気持ちに向き合っていこう)
次の日。
湊くんと並んで歩く帰り道。
「ねえ、湊くん」
「ん?」
「……ゆうべ、夢を見たの。時計屋の夢。懐かしくて、ちょっと不思議な場所」
湊くんは、驚いたように私を見た。
「……オレも。なんか……古い時計が並んでる店で、銀色の懐中時計を見てた」
一瞬、時が止まったように感じた。
でもすぐに、私たちはゆっくりと歩き出す。
「……きっと、それは『記憶』なんだと思う」
「記憶?」
「うん。私の両親の、『おとぎ話』みたいな過去。――そこから、何かが続いて、私に繋がってる」
湊くんは、静かにうなずいた。
「それって、すごいね。オレの中の『時間』が止まったままだったのも……きっと、理由があるのかもしれない」
彼の声が、少しだけ強くなった。
別れ際。
「……侑ちゃん」
「なに?」
「夢の中の時計、なんか『あたたかかった』……たぶん、君がいたからだと思う」
胸の奥が、ふわっとあたたかくなった。
言葉にはしないけれど、その想いはしっかり届いていた。
「……また夢で会えたら、今度は一緒に時を進めようね」
微笑んだ私に、湊くんがほんの少しだけ頷いた。
家に戻った私は、父さんが描いた彼岸花の絵の前に立った。
花の奥に、小さな懐中時計が描き足されていた。
気づかないうちに、それはそこにあった。
――やっぱり、少しずつ『記憶』が動き出している。
湊くんと一緒に、未来へと歩くために。
私はまた、夢を見るだろう。
そのときはきっと、彼と手をつなぎながら。




