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君の声が、時間を動かす  作者: 凪砂 いる


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17/22

18.時のはざまに灯るもの

 文化祭が終わってしばらく経って、教室にはすっかりいつもの日常が戻っていた。

 それでもふとした瞬間に、飾りつけの痕跡や、あの笑い声が蘇ってくる。

「……なんだか、ちょっと寂しいね」

 柚葉が席に着きながら、ぽつりとつぶやいた。

「でもさ、ちゃんと『残ってる』感じがする。あったかい記憶として」

 私はそう答えながら、湊くんの方をそっと見た。彼は窓の外を眺めていたけれど、どこか穏やかな目をしていた。

 その瞳の奥にあった冷たくて深い闇は、もう薄れてきている気がした。


 その夜――私は、また夢を見た。

 前に見たような彼岸花の野原ではなかった。今度は、古びた木造の建物。

 懐かしい柱時計の音。鈍く響くカチ、カチという音が、空間を支配していた。

(……ここは、時計屋?)

 でも、そこはただの場所じゃなかった。

 空間がふわふわと揺れていて、時間も、現実も曖昧なままだった。

 ――まるで、記憶の奥底にある、忘れていた場所。

 私は棚の奥に並ぶ時計たちを見渡しながら、ゆっくりと歩いていった。

 その中に、ひときわ目を引く銀色の懐中時計があった。

 手に取った瞬間、懐かしい声が響いた。


「侑、これは『希望』の時計なんだよ」


 父さんの声だ。


「時間はただ流れていくだけじゃない。誰かが誰かを想い続けた記憶は、いつか未来で芽吹くんだ。たとえば――君のようにね」


 そして、場面が変わった。

 母さんが私を抱きしめながら静かに語る。


「侑がこの世界に生まれてきた意味、それはね……私たちが輪廻の呪いを越えた“その先”に、ちゃんと希望があるって教えてくれるためなんだよ」


 ――目が覚めた時、涙が頬を伝っていた。

 胸の奥が、静かに熱かった。

 自分がどこから来たのか。

 なぜ人の心の“揺れ”に気づけるのか。

 ようやく、その輪郭がはっきりしてきた。

 

「私は、呪いの先にある希望――」

 

 言葉にしてみた瞬間、胸にすっと光が灯った。

 だからといって、自分が何か特別な存在だとは思わない。

 それでも私は、湊くんと出会った。

 彼の痛みや悲しみに手を伸ばしたいと、心から思えた。

(それが、『希望』というのなら。……私は、ちゃんとこの気持ちに向き合っていこう)


 次の日。

 湊くんと並んで歩く帰り道。

「ねえ、湊くん」

「ん?」

「……ゆうべ、夢を見たの。時計屋の夢。懐かしくて、ちょっと不思議な場所」

 湊くんは、驚いたように私を見た。

「……オレも。なんか……古い時計が並んでる店で、銀色の懐中時計を見てた」

 一瞬、時が止まったように感じた。

 でもすぐに、私たちはゆっくりと歩き出す。

「……きっと、それは『記憶』なんだと思う」

「記憶?」

「うん。私の両親の、『おとぎ話』みたいな過去。――そこから、何かが続いて、私に繋がってる」

 湊くんは、静かにうなずいた。

「それって、すごいね。オレの中の『時間』が止まったままだったのも……きっと、理由があるのかもしれない」

 彼の声が、少しだけ強くなった。


 別れ際。

「……侑ちゃん」

「なに?」

「夢の中の時計、なんか『あたたかかった』……たぶん、君がいたからだと思う」

 胸の奥が、ふわっとあたたかくなった。

 言葉にはしないけれど、その想いはしっかり届いていた。

「……また夢で会えたら、今度は一緒に時を進めようね」

 微笑んだ私に、湊くんがほんの少しだけ頷いた。


 家に戻った私は、父さんが描いた彼岸花の絵の前に立った。

 花の奥に、小さな懐中時計が描き足されていた。

 気づかないうちに、それはそこにあった。

 

 ――やっぱり、少しずつ『記憶』が動き出している。

 湊くんと一緒に、未来へと歩くために。

 私はまた、夢を見るだろう。

 そのときはきっと、彼と手をつなぎながら。

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