16.ここにいて、いいんだ。
朝。文化祭当日の学校は、普段よりも活気づいていた。
カラフルな装飾、笑い声、慌ただしく走り回るクラスメイトたち。
お化け屋敷の準備も大詰めだった。
「湊くん、こっちのスピーカーのチェックお願い!」
「うん、任せて」
少しずつ、湊くんの返事には迷いがなくなっていた。
照明の位置を確認しながら、段取りを指示する姿には、かつての彼の影が薄れていくようにさえ思えた。
私は、その姿を少し離れたところから見守っていた。
(気づけば、湊くんはもうちゃんと『ここ』にいる。……そのことが、すごく嬉しい)
開店直後、クラスの出し物『本格お化け屋敷』には、次々とお客さんがやってきた。
彼は暗幕の奥で、タイミングを見計らって仕掛けを作動させたり、音を鳴らしたり。
驚かせ役としても、なかなかの腕前を発揮していた。
「キャーッ!」
「ひゃっ、なに今の!?」
「超リアルなんだけど!」
班の子たちが彼へ笑顔を向ける。
「湊くん、今の完璧だった!」
「びっくりしすぎて泣いてる子いたよ、すごーい!」
「……ありがとう」
湊くんが小さく、でも確かに笑った。
その笑顔を見た瞬間、私の胸がじんわりと熱くなった。
昼過ぎ。 私は備品の確認のために、ひとりで通路の奥へ入った。
「……ここ、大丈夫かな?」
次の瞬間。
「うわっ……!」
背後から不意に、音とともに何かが飛び出した。
「きゃっ……!」
私は思わず、誰かの腕をつかんでいた。
「びっくりした?」
「……湊くん!? もう、びっくりさせないでよ!」
彼はすまなそうに笑いながら、私の手を優しく包んだまま言った。
「ごめん。でも、侑ちゃん、めっちゃいいリアクション」
「うぅ……もう……」
手を放そうとしたけど、そのぬくもりが、なんだか懐かしくて。 ほんの一瞬だけ、手をつないだままの時間が流れた。
(あの時、つかんだのは手だけじゃなかった気がした。……心の奥の方で、何かが動いた)
夕方、片付けの時間。
机や装飾を片づけながら、湊くんがふとつぶやいた。
「……なんか、楽しかったな」
「うん、すごく盛り上がったよね」
「声出しても、変じゃなかったし……ちゃんと、オレのこと、見てくれる人がいるんだなって」
私は作業の手を止めて、彼を見た。
「湊くんの声、ちゃんと届いてたよ。皆にも……そして、私にも」
彼は、ふっと照れたように笑った。
その笑顔に、今まで見たことのない色が混じっていた。
安心と、少しの自信と、そして――何かが始まりそうな予感。
夕焼けの教室。 片付け終えた教室で、ふたり並んで窓の外を眺めていた。
「……ここにいても、いいんだって。少しだけ思えた」
ぽつりと湊くんがつぶやいた。
私はうなずいて、そっと答えた。
「ううん。少しだけなんかじゃなくて、ちゃんと、いていいんだよ」
肩と肩が、触れそうで触れない距離。
それでも、心はあたたかくつながっていた。
その夜、私は日記帳を開いてペンをとった。
『今日、湊くんが少し笑った。 その笑顔を、もっと見たい。 その声を、もっと聞きたい。 これからも、そばにいたい――そう思った』
静かにページを閉じ、私は窓の外の夜空を見上げた。
星が、いつもより輝いて見えた。




