15.少しずつ、未来へ
放課後の教室は、文化祭準備でいつになくにぎやかだった。
模造紙、絵の具、ガムテープ、紙コップ――ありとあらゆる材料が教室中に散らばっている。
「それ、そこじゃなくて反対じゃない?」
「えっ、うそ!? 貼っちゃったんだけど!」
わっと笑いが起こる中、湊くんはその輪の端っこで、でもちゃんと“そこにいる”顔をしていた。
「こっち、持ってくれる?」
「……あ、うん」
飾りつけを手伝う女子に言われて、少し戸惑いながらも、彼は素直に脚立を押さえる。
前だったら、絶対に声をかけられる側じゃなかったと思う。
……でも今の湊くんは、少しずつだけど、ちゃんと誰かと繋がり始めている。
私は教室の隅から、それを静かに見つめていた。
休憩の時間。
窓際のベランダから、秋の空気がふわっと流れ込んでくる。
湊くんと、なんとなく二人になった。
「……少し、変わったよね」
私がぽつりと言うと、彼は「え?」と首をかしげた。
「湊くん。前よりちょっと、周りを見てるなって思って」
「そう……かな。うん、自分でもちょっと不思議だよ。最近、なんでこんなに『未来』のことを考えるんだろうって」
彼はポケットに手を入れたまま、遠くの空を見上げた。
淡い雲が、オレンジ色に染まりながら流れていく。
未来。昔の湊くんなら、そんな言葉さえ口にしなかったかもしれない。
でも今は、『そこに向かっている』確かな感じがある。
帰り道。
いつものように並んで歩く。落ちた日が、長く影を引いていた。
「疲れたけど、ちょっと楽しかったな」
そうつぶやいたのは湊くん。
「うん。……『ふつう』って、いいよね」
「ふつう?」
「なにもない放課後に、ちょっとバカみたいに笑ったり、手伝ったり、つまずいたり。そういうの、ずっと遠い世界のことだと思ってた」
そう話す彼の声は、どこかあたたかかった。
その横顔をちらりと見たら、ほんの少し、頬がゆるんでいた。
『ふつう』のなかに、小さな『希望』がある。
そんなこと、きっと湊くんは初めて知ったんだろう。
それが、私にはたまらなく嬉しかった。
「ねぇ、湊くん」
「ん?」
「……未来のこと、怖いって思う?」
彼は少し黙ったあとで、こう答えた。
「前はずっと怖かった。思い出すのも、進むのも。でも今は、少しだけ……気になるかな。怖いけど、見てみたいって思う」
私は小さくうなずく。
「そっか。……じゃあ、一緒に進んでいこう。見に行こうよ。ゆっくりでいいからさ」
帰宅後、私は机に向かって、手帳のすみっこに小さく書き残した。
『少しずつ、未来へ。傷の跡があるからこそ、やさしくなれる未来を』
書いた文字を見て、私は少しだけ笑った。まだ不安もある。夢の中の影は、完全には消えていない。
でも今は、それさえも受け入れながら歩いていける気がする。
湊くんの時間が、また一歩、前に進んだ。
それは、私にとっても確かな希望だった。




