希望(第九話)
謎の新型ウイルスが、世界に静かに広がり始めていた。
原因不明、治療法不明。
それでも人々は、まだ「日常」を手放していない。
中学生・玉木隼人は、
誰にも知られない形でその裏側と戦っていた。
ウイルスの正体、そして人を“変えてしまう病”の存在を。
そんな彼の前に現れたのは、転校生の少女・小瀬栞。
どこか不自然な言動。
時折見せる“何かを知っているような視線”。
感染が拡大する中、
人々を救おうとする者たちの正義は、次第に歪み始める。
「全員は救えない」
「選別は必要だ」
現実を受け入れる者と、
それでも希望を捨てない者。
選択の先で、
玉木は多くを失い、
それでも戦う理由を問い続けることになる。
やがて世界は、
人の手では止められない局面へと踏み込んでいく
それでも――
誰かが選ばなければならなかった。
この世界を、
壊すか。
作り変えるか。
そして、
すべてが終わったあとに残るのは――
平和な日常と、
ひとりの少女の、静かな微笑み。
崩れた高架下に、夜風が吹き抜けていた。
紅の装甲。
レッドドラグーン融合体。
その正面に、
後藤孝太朗は“人のまま”立っていた。
「……やっぱり、来たな」
後藤の声は、静かだった。
「止めに来た」
玉木は装甲越しに、はっきりと言う。
「これ以上、進ませない」
後藤は、苦笑した。
「君はいつもそうだ。
ちゃんと前を向いてる」
彼の手にあるのは、
カードではない。
銃も、装置もない。
「融合しないのか」
玉木が問いかける。
後藤は、首を横に振った。
「しない」
「……なぜだ」
後藤は、少しだけ視線を落とし、
そして答えた。
「それをやった瞬間、
俺は“人の側”に戻れなくなる」
「兄と、同じ場所に立つことになる」
沈黙。
「俺は、
正しいと思ってた」
後藤は、一歩前に出る。
「希望を信じる君を、
現実を見ていないと思ってた」
そして、玉木を見据える。
「でも……
それでも戦い続けてる君を見て、
分かったんだ」
「希望を信じるってのは、
逃げじゃない」
後藤は、拳を握りしめた。
「それは、
一番しんどい道を選ぶことだ」
「後藤……」
「だから俺は、
人のまま止める」
次の瞬間。
後藤は、玉木に向かって駆け出した。
無謀。
力の差は、歴然。
玉木は、咄嗟に拳を止めた。
「やめろ!」
「やめない!」
後藤は叫ぶ。
「これは、
俺自身のケジメだ!」
拳が交錯する。
だが――
後藤の攻撃は、弾かれる。
玉木の一撃が、
後藤を地面に叩きつけた。
鈍い音。
後藤は、動かない。
「……終わりだ」
玉木は装甲を解除し、
駆け寄った。
「後藤!」
後藤は、ゆっくりと目を開ける。
血が、口元に滲んでいる。
「……負けだな」
だが、その表情は穏やかだった。
「不思議だよ」
後藤は、空を見上げる。
「負けたのに、
初めて楽になった」
玉木は、黙って耳を傾ける。
「俺はずっと、
“救えなかった未来”に怯えてた」
「でも……」
後藤は、視線を玉木に戻す。
「君が、
諦めないって言い切った時」
「……少し、救われた」
玉木は、拳を握りしめる。
「戻ってこい」
静かな声。
「一緒に戦おう」
後藤は、微かに笑った。
「ああ」
「……ただし」
その声が、低くなる。
「次は、
俺が“命を賭ける番”だ」
玉木は、その意味を
まだ理解していなかった。
だが。
闇の奥で、
アダバイスが確かに蠢いている。
この夜の敗北が、
後藤孝太朗を
“最後の選択”へ導くことを――
誰も、止められなかった。




