救済計画の完成形(第五話)
<これまでのあらすじ>
普通の中学生・玉木隼人は、ある日「あなたは運命に逆らえる?」と問いかける謎の少女から、不思議なカードを渡される。
街に現れた正体不明の怪物に襲われた隼人は、カードの力によってドラゴンを召喚し、命を救われる。
やがて彼は知ることになる。
世界はあと三年で滅びること。
人を怪物へと変える謎のウイルス〈覚醒病〉、それを巡って暗躍する極秘防衛機関〈Cicada〉、そして人類を救うために進められる〈プロジェクト・ビリオン〉の存在を。
転校生として現れた少女・小瀬栞は、かつて隼人にカードを渡した存在と瓜二つだった。
さらに、親友・後藤孝太朗もまた、この計画に深く関わっていく――。
選ばれたカード、操られる運命、そして避けられない滅びの未来。
少年は世界を救う存在となるのか、それとも――。
これは、運命に抗う少年たちの近未来SF×異能バトルストーリー。
研究施設の地下は、昼でも夜でも同じ色をしている。
白すぎる壁。
消毒剤の匂い。
感情を必要としない場所。
「被験体、固定完了」
淡々とした報告に、
後藤龍馬は小さく頷いた。
融合...それは人体を遺伝子レベルまで一時的に書き換えることで、極限の能力を手に入れられる。
カードのモンスターと上手く適合すれば、その力が手に入る。
ガラス越しに見えるのは、
人の形をした“被験体”。
覚醒病に侵されながらも、
まだ、言葉を失っていない。
「……本当に、やるんですか」
背後から、研究員の声。
「理論上は可能です。ですが――」
「失敗する」
後藤龍馬は、被せるように言った。
「いや、
成功しない可能性の方が高い」
研究室の空気が、重くなる。
「それでもやる理由は?」
後藤は、モニターに視線を向けたまま答える。
「このままじゃ、
世界の方が先に壊れる」
沈黙。
「融合補助機能は、
プロトカードにしか存在しない」
端末を操作しながら続ける。
「完成版は“安全”を優先した」
「だが、安全なままでは、
踏み込めない領域がある」
モニターに、
融合係数の項目が表示される。
【現在値:72】
「ここから先は、
人が“人でいられるかどうか”の問題だ」
「……倫理委員会には?」
「通していない」
後藤は、はっきりと言った。
「通した瞬間、
この実験は止められる」
研究員は、何も言えなくなった。
「起動する」
後藤が、カードを装置にセットする。
――プロトカード。
正式運用されなかった、
禁忌の設計図。
【融合開始】
低い駆動音が響く。
被験体の身体が、
わずかに浮き上がった。
「う……あ……」
声にならない声。
【融合係数:85】
「上がり方が、速すぎる……」
「想定内だ」
後藤は、表情を変えない。
【90】
【97】
数値が、危険域に近づく。
「後藤さん、
これ以上は――」
「続行」
短い命令。
「止めれば、
このデータは永遠に手に入らない」
【101】
モニターが、一瞬だけ乱れる。
研究室の照明が、チラついた。
「……今のは?」
後藤は、初めて視線を上げた。
「時間のズレだ」
「え?」
「融合補助が、
時間認識に干渉している」
後藤の目が、わずかに細まる。
「やはり、
プロトカードは“限界を越えるための道具”だ」
次の瞬間。
【警告】
【融合不安定】
【精神乖離】
被験体が、大きく痙攣する。
「中断しますか!?」
一瞬の沈黙。
後藤は、拳を握りしめた。
「……中断」
装置が停止する。
被験体は、力なく落下し、
すぐに医療スタッフが駆け寄った。
命は、辛うじて繋がっている。
研究室に、
深い静けさが戻る。
「……失敗、ですね」
研究員の声。
後藤は、首を横に振った。
「違う」
モニターには、
記録された数値が残っている。
【最大融合係数:101】
「これは、
人が越えられる“境界線”の記録だ」
後藤は、画面を見つめたまま、低く呟く。
「次は……
もっと踏み込む」
その背中は、
まだ“悪”ではなかった。
だが確かに、
戻れない場所へ、足を踏み入れていた。




