支配するもの(最終話)
謎の新型ウイルスが、世界に静かに広がり始めていた。
原因不明、治療法不明。
それでも人々は、まだ「日常」を手放していない。
中学生・玉木隼人は、
誰にも知られない形でその裏側と戦っていた。
ウイルスの正体、そして人を“変えてしまう病”の存在を。
そんな彼の前に現れたのは、転校生の少女・小瀬栞。
どこか不自然な言動、
時折見せる“何かを知っているような視線”。
感染が拡大する中、
人々を救おうとする者たちの正義は、次第に歪み始める。
「全員は救えない」
「選別は必要だ」
現実を受け入れる者と、
それでも希望を捨てない者。
選択の先で、
玉木は多くを失い、
それでも戦う理由を問い続けることになる。
やがて世界は、
人の手では止められない局面へと踏み込んでいく。
それでも――
誰かが選ばなければならなかった。
この世界を、
壊すか。
作り変えるか。
そして、
すべてが終わったあとに残るのは――
平和な日常と、
ひとりの少女の、静かな微笑み。
空が、割れていた。
アドバイスの騒ぎを聞きつけた玉木は、後藤の元へむかった。
...だが手遅れだった。
そこにあったのは後藤のプロトカードとCicadaに保管されてたプロトカードが残っていた。
玉木は後藤がいなくなったのを悟った。
雲ではない。
煙でもない。
世界そのものが、悲鳴を上げているような裂け目。
その中心に、立っている影があった。
「これが……完成形だ」
後藤龍馬の声は、人のものではなかった。
アダバイスと融合した身体は、異様なほど静かで、
異様なほど“整って”いた。
「神とは、秩序だ」
「不要な感情も_toggle_され、無駄な命も淘汰される」
足元で、覚醒病の波がうねる。
「私は間違っていない」
その言葉に、
赤い光が応えた。
玉木隼人の身体を包むのは、
すべてのプロトカードが重なった力。
――ゴットドラグーン融合体。
圧倒的な力。
だが、威圧はない。
ただ、立っている。
「……後藤龍馬」
玉木は、まっすぐに言った。
「俺はすべてを失い、それでも戦ってきた」
「人が化け物になっていくところも、何度も見てきた」
一歩、前に出る。
「けど、お前は違う」
声が、強くなる。
「お前は、すべてを奪い、人を化け物にしてきた」
空気が、震えた。
「――お前には」
玉木は、拳を握る。
「神なんか、相応しくねぇ!」
次の瞬間、
世界が、爆ぜた。
衝突。
光と光がぶつかり合い、
地面が砕け、空が歪む。
「無意味だ!」
後藤龍馬の一撃は、正確無比。
神の計算による攻撃。
玉木は、真正面から受け止める。
「無意味じゃない!」
弾き返す。
「ここに生きてる人間がいる!」
衝撃が、全身を貫く。
融合係数が跳ね上がる。
200――突破。
警告は、もう鳴らない。
「……到達したか」
後藤龍馬が呟く。
「ならば、完全な神になれ」
「ならない」
玉木は、即答した。
「俺は、支配しない」
ゴットドラグーンの翼が、大きく広がる。
「奪わない」
「選ばない」
「切り捨てない」
一歩、また一歩。
「守るだけだ」
玉木の拳が、
神の胸を打ち抜いた。
亀裂。
そこから、
アダバイスの悲鳴が溢れ出す。
「そんな力……制御できるはずがない!」
「できるかどうかじゃない」
玉木は、最後に言った。
「やるんだ」
ひときわ強い光。
その中で、
後藤龍馬の表情が、初めて揺らぐ。
「……私も、最初は」
その声は、もう掻き消えかけていた。
――衝撃。
すべてが、静止する。
次の瞬間、
神は、崩れ落ちた。
瓦礫の中、
玉木隼人は立っていた。
神になれる力を持ちながら、
それを使わずに。
空の裂け目は、ゆっくりと閉じていく。
覚醒病は、消えていった。
世界は、壊れなかった。
――支配されなかった。
朝は、変わらずやってくる。
カーテンの隙間から差し込む光は、少し眩しくて、少しだけあたたかい。
小瀬栞は目を覚まし、ゆっくりと身を起こした。
特別な夢を見た気がする。
けれど、どんな内容だったのかは思い出せない。
ただ――
胸の奥に、名前の分からない余韻だけが残っていた。
「……行かなきゃ」
制服に袖を通し、鏡の前で髪を整える。
そこに映る自分は、いつもと同じ顔をしている。
変わったところなんて、どこにもない。
通学路は静かだった。
車の音、遠くの話し声、風に揺れる木々。
どれも当たり前で、何の意味も持たない。
――だからこそ、少しだけ不思議だった。
ふと、空を見上げる。
理由は分からない。
ただ、そうしなければいけない気がした。
「……?」
一瞬だけ、
誰かに見られているような気がした。
振り返っても、そこには誰もいない。
知らない人たちが、知らない日常を歩いているだけだ。
栞は小さく息を吐き、また前を向いた。
学校では、友達と他愛もない話をして、
授業中に少しだけ眠くなって、
放課後には寄り道をして帰る。
何も起きない一日。
何も失わない一日。
夕暮れの帰り道、
なぜか胸が少しだけ、あたたかくなった。
理由は分からない。
でも、それでいいと思えた。
世界は、今日も静かだった。
彼女は今日も、
何も知らないまま、平和に生きている。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、
「希望は現実から目を背けることなのか?」
という問いから書き始めました。
謎の新型ウイルス、
救えない命、
正しさが歪んでいく人たち。
現実にありそうな不安を土台にしながら、
それでも最後に「何を選ぶのか」を描きたかったのだと思います。
玉木隼人は、強い主人公ではありません。
何度も迷い、失い、それでも前に進むしかなかった。
彼が“神になる”という選択をしたのは、
力が欲しかったからではなく、
それでも世界を諦めなかったからです。
小瀬栞と謎の少女については、
あえて多くを語りませんでした。
違和感だけを残し、答えは伏せています。
それには理由があります。
この物語には、
まだ語られていない「もう一つの視点」が存在します。
それは、外伝で描く予定です。
もし本編の中で、
「あの場面は何だったんだろう」
「なぜあの言葉を知っていたのか」
そう感じた部分があったなら、
それはきっと間違いではありません。
ここまで書き切れたのは、
読んでくださった皆さんのおかげです。
改めて、ありがとうございました。
また別の物語、
あるいはこの世界の“もう一つの結末”で
お会いできたら嬉しいです。
――作者




