第6話 死なない勇者の生きる価値
「ミカ、今回の対象は?」
「転生者。スキル名 不死。」
「……またか。最近“死ねない”奴ばっかりだな。」
「対象者、年齢不明。生存期間、少なくとも百年以上。」
「社畜かよ。」
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現場は、寂れた村の外れだった。
枯れ草と石碑だけが並ぶ丘の上で、ひとりの男が鍋をかき回していた。
白髪混じり、やせぎす、ボロマント。
見るからに“勇者をやめた勇者”である。
「……あんたが不死の転生者か。」
「おう。客が来るなんて百年ぶりだ。」
「営業停止中かと思った。」
「いや、やめ方がわからなくてな。」
男は苦笑しながら、鍋を差し出した。
「食うか? 鹿っぽい何かのスープだ。」
「遠慮しとく。俺、胃袋は現実仕様なんで。」
「便利そうで、不便だな。」
「お互いさま。」
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焚き火の煙が、風に溶けていく。
白井は男の隣に腰を下ろした。
「不死ってのは、神様がくれたんだろ。」
「ああ。“世界を救うまで死ぬな”って言われた。」
「で、世界は救えたのか?」
「滅んだよ。ま、だいたいそういうもんだ。」
「仕事熱心すぎるのも考えもんだな。」
男は肩をすくめる。
「死ねないのに、体は老ける。
気づいたら、仲間も家族も墓の下だ。
墓守として生き残った勇者――笑えるだろ。」
「うん。割とウケるな。」
「笑えよ。」
「心で笑ってるよ」
「性格悪いな。」
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「……俺さ、もう終わりでいいと思うんだ。」
男は鍋を見つめたまま言った。
「でも、死に方がわからねぇ。神様のマニュアルに“退職届”がなくてよ。」
「ブラックだな、神界は。」
「お前、そこ所属じゃないのか。」
「派遣だ。契約更新制。」
「そっちも地獄だな。」
「どこも似たようなもんさ。」
白井は煙草に火をつけた。
火の色が、空の灰色に滲んでいく。
「……あんた、怖くないのか? “終わる”のが。」
「怖いさ。でも、怖いってのは“生きてる証拠”だ。」
「いいこと言うな。」
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「ミカ、準備は?」
「はい。対象の“死の条件”を再定義可能です。」
「じゃあ、“死ねるように戻す”補正を。」
白井が指を鳴らす。
《現実補正リアリティチェック》――発動。
「制御領域:不死効果解除。生命活動、有限化……完了。」
男は静かに目を閉じた。
風がひとすじ、頬を撫でた。
「……不思議だな。鼓動がある。
ずっと、動いてたのに、今になって“生きてる”気がする。」
「それが、標準仕様だ。」
男は笑った。
春の雪が、ひとひらだけ舞い落ちた。
「ありがとな。おかげで、やっと終わりに向かえる。」
「……あんた、まだスープ煮てる途中だろ。」
「そうだな。もう少し、生きてからにする。」
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帰り道。
丘の上に煙が細く上がっていた。
ミカが報告する。
「対象、生存中。生命活動、正常。」
「そりゃよかった。現実、安定運転中だ。」
「白井さん、あなたは不死を望みますか?」
「無限に働かれるなんてごめんだよ」
「合理的ですね。」
「でしょ?」
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神界オフィス。
神がカップ麺をすすりながら言った。
「不死チート、どうだった?」
「長生きしすぎて煮詰まってた。」
「スープの話?」
「人生の話だ。」
「うまいこと言うねぇ。」
──現実補正係、本日も、有限の奇跡を調整中。




