第5話 働かない勇者と労働賛歌
「ミカ、次の対象。」
「勇者。スキル名 労働不賛歌。」
「自動で労働……?」
「はい。“自分が働かなくても世界が勝手に発展する”能力です。」
「うわ。理想社会が聞いて呆れるな。」
白井は眉をひそめた。
「つまりこいつ、働かずに世界を回してるのか?」
「はい。現在、経済成長率999%。失業率ゼロ。ですが……」
「ですが?」
「国民全員、虚脱状態。生産活動は“魔法的自動化”によるものです。」
「要するに、“生きてる意味”が消えた世界か。」
現場は眩しいほどに整った街だった。
道は磨かれ、花壇は枯れず、子どもは笑っている――が、誰も目に光がない。
噴水の前で、青年が玉座のような椅子に座っていた。
王冠を傾けながら、退屈そうに空を見上げている。
「お前が“勇者”か。」
「そう。世界を救った英雄さ。」
「救ったっていうより、止めたって感じだけどな。」
「俺が働かなくても、皆が幸せになったんだ。何の文句がある?」
白井は首をかしげた。
「みんな、笑ってるようで何も感じてねぇぞ。」
「感じる必要があるのか? 疲れない方が幸せだろう?」
青年は立ち上がり、広場を見渡した。
「俺は見たんだよ。みんなが必死に働いて、壊れていく姿を。
だから、働かなくてもいい世界を作った。これのどこが悪い?」
白井は静かに答えた。
「悪くねぇよ。
でも、“労働を奪われた世界”で、この国の人達は一体何をしているんだ?」
青年の口が止まる。
その瞬間、白井は指を鳴らした。
《現実補正》――発動。
ミカの声が響く。
「自動化魔法システム、停止。物理的作業プロセスを現実値に再構築。」
「つまり?」
「みんなの仕事、再開です。」
街中で一斉に音が戻った。
鍛冶屋のハンマーが鳴り、パン屋のオーブンが唸り、子どもの笑い声が混ざる。
青年が呆然と立ち尽くす。
「……また、みんな苦しむじゃないか。」
白井は煙草を咥え、火をつけた。
「確かにな。ただ、苦しみの中でもがくからこそ人生だろ。
お前が良かれと思っても、それを求めない人もきっといるだろうぜ」
青年はしばらく黙っていた。
やがて、小さくつぶやく。
「……俺は、間違ってたのか?」
白井は首を振った。
「間違ってはいねぇ。ただ、極端だっただけだ。」
神界オフィス。
神が新聞を読みながら笑った。
「“働かない勇者”って、昔の僕みたいだねぇ。」
「お前、働いてた時期あったのかよ。」
「ほら、創世記のころとか。」
「もう時効だな。」
「白井くん、働くってなんだろうね。」
「生きるってことだよ。たとえ給料が出なくても。」
「名言出た。今の貼っとくね、神界のトイレに。」
「皮肉じゃ伝わらないからはっきり言うが給料を上げろ。」
──現実補正係、本日も労働中。




