第4話 感情操作チート ――愛も悲しみも思い通りにはならない
「ミカ、今回の対象は?」
「転生者。スキル名 感情調節。」
「感情操作系か……。」
「対象者は“恋人の心を取り戻すため”にスキルを使用したようです。」
「恋愛チート、ね。」
白井は無言でコーヒーを一口飲んだ。
香りの向こうで、少しだけ胸がざわつく。
感情を操る力。
それが人の救いになることなんて、果たしてあるのだろうか。
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現場は静かな湖畔の村だった。
風もなく、水面が鏡のように空を映している。
その中央に、小屋が一つ。
中から、かすかな嗚咽が聞こえた。
中にいたのは、若い男だった。
膝の上には、感情の抜けたような女性。
彼女は虚ろな目で微笑んでいた。
「……また来たのか。」
「初対面のはずなんだけどな。」
「お前みたいに俺を憐れむ奴は、もう何人も見た。」
男は黙ってこちらに手を伸ばすが能力は発動しない。
「なるほど…無効化系能力者ってやつか…」
やがれ男はかすれた声で言った。
「彼女は、俺をもう愛していなかった。
だから、少しだけ“戻した”だけだ。……間違ってるか?」
白井は答えなかった。
ただ、女性の目を見た。
笑っているのに、涙が止まっていなかった。
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「……チートってのは便利だな。
でも便利すぎると、“心”まで壊す。」
男が怒鳴った。
「俺はただ、彼女を幸せにしたかっただけだ!」
白井は静かに立ち上がる。
「それを決めるのは、あんたじゃない。」
指が鳴る。
《現実補正》――発動。
ミカの声が淡々と響いた。
「感情同期率、リセット開始。
強制感情操作、無効化。」
女性の瞳から、ゆっくりと光が戻っていく。
次の瞬間、彼女は男の頬を叩いた。
「……最低。」
男は、その場に崩れ落ちた。
何も言えず、ただその言葉だけを噛み締める。
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外に出ると、湖面が静かに揺れていた。
白井はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
「ミカ。」
「はい。」
「あの能力者は彼女を本当に愛していたのかな?」
「少なくとも、彼はそう認識していました。」
「お前にはまだ難しいか」
白井は煙を吐き出す。
風に溶ける白い煙の向こう、男の泣き声が微かに聞こえた。
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神界オフィス。
神が資料を読みながらつぶやいた。
「愛を操ろうとする人間は、結構多いんだよね。」
「そりゃそうだ。誰だって、失いたくないもんだ。」
「でも、白井くん。君はどうなんだい?
もし誰かを“戻せる”チートがあったら、使う?」
白井は少しだけ笑った。
「さあな。
……使わねぇと思うけど、使いたくなる日はあるかもな。」
神が優しく笑う。
「それでいいと思うよ。」
──現実補正係、本日も心のバランス調整中。




