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第2話 止まった時間と動けない現実

「ミカ、今度の案件は?」

「対象:転生者。スキル名 永遠優越タイムストップエターナル。」

白井はコーヒーを吹いた。


「うわ、出たよ。“時間停止”ってやつ。もうチート界の古典じゃん。」

「古典ですが、効果は絶大です。」

「どうせ“時間を止めてハーレム”とか、“無双し放題”とかそんなノリだろ。」

「検知結果、まさにその通りです。」

「チートの配分どうなってんだ」


ミカのスクリーンが光る。

「発動範囲:世界全域。停止時間:現在で三日目。」

白井は深いため息をついた。

「……いやもう、仕事止まってんじゃん。」



 現場に降りると、世界はまるで一枚の写真だった。

 鳥は空中で止まり、水面の波紋も固まっている。

 ただ一人、中央に座る男だけが動いていた。


「おお、久しぶりに人が動いてるのを見たぞ!!」

 男は笑った。三十前後、元サラリーマン風。

「我が名はクロノス! 時間を止め、永遠の優越を得た者!」

「クロノス……。そのネーミングセンス、時代を止めてるな。」

「ふはは! 今この世界で動けるのは俺だけ!

 上司もいない! 締め切りもない! 最高のスローライフだ!」


白井は腕を組んだ。

「つまり、世界を止めて有給取ってるわけだ。」

「そう! 俺はもう頑張らない!」

「……うん、ちょっと分かる。」



「貴様も止まるがいい!」

 男が手を掲げた。

 しかし、白井は微動だにしなかった。


「なっ……なんで動ける!?」

「《現実補正リアリティチェック》発動中。」

 白井がポケットから煙草を取り出す。

「お前の“時間停止”は、現実的に矛盾してるんだよ。」

「矛盾!?」


「お前のチート、物理的に無理があるんだよ。

 止まってんのに光が見える時点でアウト。

 あと空気止まってたら即窒息。説明して?」

「説明……?」

「ほら、できねぇだろ。作者ノートに“なんかそういう力”って書いてあるやつだ。」

白井は言葉を続ける。

「それに時間が止まるなら、お前の脳も止まってるはずだろ。」

「……え?」

「思考してる時点で、時間止まってねぇんだよ。」

「そ、そんな理屈で……!」

「現実ってのは理屈でできてんだよ。」


 白井が指を鳴らす。

 世界が再び動き出した。

 止まっていた雨が降り、鳥が羽ばたき、風が吹く。



「チート解除完了。世界時間、正常化。」

 ミカの報告が届く。

 白井は伸びをして、ふっと笑った。

「やっぱ動いてるほうが落ち着くな。」

「あなた、停止中もずっと喋ってましたよ。」

「性格がうるさいんだよ。」


 ミカが淡々とデータをまとめる。

 「対象者の心理分析。

  “止まった世界の中でなら、努力しなくて済むと思った”。」

 白井は煙草をくゆらせながら呟いた。

 「分かるよ、その気持ち。俺も止まりたくなる時あるしな。」

 「ですが、彼は止まりすぎました。」

 「そうだな。現実は、止まってたら腐る。」



神界オフィス。

神がポテチを食べながら笑っていた。

「白井くん、いい仕事したねぇ。時間、ちゃんと流れてるよ。」

「そりゃ俺の仕事だ。」

「いや〜、でもさ、止まってる時間ってロマンあるよねぇ。」

「寝坊の言い訳にしか聞こえねぇよ。」

「現実補正、便利だねぇ。」

「便利だと思うなら自分で働いてくれ」


──現実補正係、本日も時間通り出勤中。


ちょっとでも読んで下さる方がいれば書き続けさせていただきます。


次回――「俺だけ無制限レベルアップ? 現実は有限だ」。


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