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第15話幸運の代償 【前編】

神界オフィス。


神が机に突っ伏して、ポテチの袋を枕にしていた。


白井は無言で書類を積み上げながらつぶやく。

「……そもそも神様が六十日も不在になってなければ、こんな仕事もなかったんだよなぁ。」


「ちょ、ちょっと!聞こえてるよ!ぼやき風の悪口やめて!」


「帰ってきた日だけ完璧にこなした風にしてたけど、トラブルの芽はしっかり残ったままだったんだよなぁ」


「ぐぬぬ……。あっ、ほら、コーヒー淹れておいたからさ、ゆっくり飲んでから仕事しなよ。」


「これ“残業前にくつろがせて遅くまで仕事させるやつじゃねぇか。」


「お菓子もあるよ? チョコとポテチと、あとマシュマロ。」


「お前が食いたいだけだろ!」


ミカの端末が静かに起動する。

「白井さん、次の案件の報告です。

 対象:“幸運”に関するチート保持者。

 現地名は“奇跡の男”と呼ばれています。」


白井はコーヒーをすすった。

「“奇跡の男”ねぇ。……前にも“無限ガチャ”とかいう確率ブッ壊し野郎がいたな。」


「今回は、それより質が悪いかもしれません。」


「おい神様。お前の不在中にまた増えてたってことか?」


「えっと……うん。まぁ、そういうこともあるかなぁ〜って。」


「“そういうこと”が多すぎるんだよ。」


白井はため息をつき、コートを羽織った。

「ミカ、目的地。」


「はい。王都ラルフ。天気、快晴。」


「……天気まで味方してやがる。幸運ってやつは便利だな。」


神が後ろから叫んだ。

「がんばってきてね〜! あっ、水筒にコーヒー入れておいたから!」


「あいつなりに多少は悪かったと思っているらしいな。」



王都ラルフ。


白井が転移ゲートを抜けると、眩しい陽光が降り注いでいた。

中央広場は人であふれ、歓声が空を震わせている。


「……祭りでもやってんのか。」


「対象は広場中央。チート反応、強度Aランク。」


視線の先では、ひとりの“男”が宝くじ売り場に立っていた。

周囲にはファンらしき人々が群がり、彼の手元に祈るように視線を送っている。


「見て! また一等!」

「もう三連続だって! 奇跡だ!」


男は財布から分厚い札束を宙に放り投げて叫ぶ。

「はっはっは!そら、みんなで好きなものでも食べてくれ!

 遠慮することなんかないぞ?何なら店ごと買い取ってやる!」


白井は腕を組んだ。

「……“奇跡”ってのは一回だから奇跡なんだがな。」


「彼の周囲では、幸運が統計的に激増しています。

 逆に、少し離れた場所では事故・落雷・火災が急増。」


「なるほどな。

 一人の幸運が、他の誰かの不幸で釣り合ってるってわけか。」


「しかし、あの男はその不幸がどこかで起こっていることを理解していません」


「まぁ、大筋あのスキルの構造は理解できた。さっさと仕事を終わらせよう」


白井はベンチに座ったまま男を睨み、スキルを発動させようと構えた。


その瞬間――ベンチの脚が折れた。


白井が尻もちをつく。続けて鉢植えが空から白井の横に落ちた。

「……は?」


白井が呆然としていると、通りを暴走する馬車が突っ込んできて――白井の目の前で急停止した。


ミカが冷静に報告する。

「攻撃意図なし。偶然です。」


「偶然ってレベルか……?」


「あの男の“幸運”が、あなたを排除しています。

 おそらくスキル発動を妨害するよう“偶然”が起こったということです。」


「つまり、“リアリティチェック”を撃とうとした瞬間、

 世界のほうから“外れる”ように調整されたってわけか。」


「はい。今のは警告でしょう。」


白井は立ち上がり、服の土を払った。

「……チート能力は俺には作用しないんじゃなかったっけ?」


「おそらく、リアリティチェックのおかげで今の攻撃も無傷で済んだんだと思われます。

 しかし、ずっと当たらないという保証はありません。」


「一旦退こう。この構造を見抜いてスキルを当てるには作戦が必要だ。」



白井は夜の屋台街で、紙コップのコーヒーを飲んでいた。

店主がぽつりと言う。


「“あの人”が来てから、町が変わったよ。

 金はたくさん落としちゃくれるけど、

 それ以上に変な事件が起こりすぎている。」


「“怖い幸せ”ってやつだな。」


ミカが小さくつぶやく。

「この現象、単なる確率操作ではありません。

 “偶然の連鎖”そのものを作り替えているようです。」


「“偶然”をいじる……なるほど、理屈じゃなくて、世界の流れを操作してるのか。」


「はい。それも彼自身が悪いことをしている自覚がないので、歩く災害となっています。」


白井は空を見上げ、ぽつりと笑う。

「無限ガチャのときは、引きすぎて世界が壊れるチート。

 でも今回は、“引かなくても当たる”チートか。」


ミカが問いかける。

「では、どうしますか。」


「運ってのは、奪うもんじゃねぇ。ぶつけるもんだ。

 ……俺の“幸運”で、釣り合いを取る。」


ミカが小さく息を飲む。

「何ですか?それ?」


「二百万分の一の確率で当たった限定メダル。

 オークションに出せば家が建つレベルだ。」


「そんなもの、どうするんです?」


「この幸運を俺が手放すことで、

 一時的に俺に対する不幸の偶然を止める!」


「その理屈が通るかどうかはわからないですが、試してみる価値はありそうです。

 でも、そんな貴重な物捨ててもいいんですか?」


「運ってのはな、“誰かの不幸を止めるとき”に使うもんだ。」


白井はコートの襟を立て、夜の街を歩き出した。


ミカが小さく問う。

「……目的地は?」

「運試しの聖地だ。カジノへ行くぞ。」


──つづく

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