第14話 秩序都市アルカ(後)
庁舎の前。
白井は通りの隅で、ひとりの男が倒れているのを見た。
路上は静まり返っている。
周囲の人間は誰も近づかない。
「ミカ、あれは?」
「発言ログを確認。数分前、この男は“市長は間違っている”と口にしました。」
「で?」
「直後に警備ドローンが出現し、殺されました。」
「……シンプルだな。」
「この街では、“嘘をついた人間”は即処分されます。
“真実を愛する”という名目で。」
白井は低く笑った。
「つまり、“真実”ってやつを決めるのは、市長ひとりってわけか。」
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庁舎に入る。
白井のブーツが床を叩くたび、音がやけに響く。
執務室の奥、完璧な笑顔の男が待っていた。
「ようこそ、現実補正係殿。」
「……お前の街、ずいぶん血の匂いが薄いな。」
「平和とは、そういうものです。」
「いや、臭いがしねぇだけだ。血は流れてる。」
市長はゆっくり立ち上がる。
「我々は真実を守っている。
嘘をつく者は秩序を壊す。それを許せば、世界は滅びる。」
「だから殺すのか?」
「必要な処置です。皆が幸福でいるために。」
白井は鼻で笑った。
「お前の正義、便利だな。
“間違い”って言葉が全部、処刑の合図になってる。」
「あなたは理解していない。嘘は毒だ。広がれば全てを腐らせる。」
「毒は量の問題だ。飲ませる側が調整すりゃいい。
でもお前は“毒を見たくない”から、全部殺してるだけだ。」
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ミカの声が入る。
「チート反応、確定。スキル名 嘘監視社会。
発動内容:真実を記録し続ける。
だが市長が”嘘”だと判断した発言を、記録しない。」
白井:「……つまり、最初から“なかったことにする”わけだ。」
ミカ:「はい。不都合な事実は人間ごと抹殺されます。」
白井:「とんだ神様ごっこだ」
市長の目が細く光る。
「我々は正義を信じている。
嘘をつく者を生かしておく理由はない。」
「正義の顔をした独裁だな。」
「神がそう定めた。」
「そいつは寝坊してるよ。」
「おしゃべりはもういい。
嘘監視社会!」
市長が声を発すると、大量のドローンが現れ、白井に銃口を向けた。
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白井は短く息を吐いた。
「……理解した。」
市長:「理解?何をいまさら。」
「お前のチートは、“真実を守るために人を殺すシステム”。
それがこの街の秩序の正体だ。」
白井はタバコをくわえ指を鳴らす。
「──現実補正」
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空気が裂けた。
ドローンが落ち、黒い球体が砕ける。
街中のスピーカーがノイズを吐き、
同じ笑顔の群れが表情を崩し悲鳴を上げる。
「仕方なかったんだ……」「本当はやりたくなかった」「すまない、すまない……」
泣き声が連鎖する。
誰もが“真実”の中で、自分の罪と恐怖を思い出していた。
ミカ:「チート崩壊確認。精神崩壊者多数。」
白井:「彼らは自分の意識下で市長の指示に従っていたからな…」
ミカ:「それでも、生き残った人々は自由を取り戻しました。」
白井:「自由か…」
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神界オフィス。
神がポテチを食べながら言った。
「正義の街、大変だったねぇ。」
「さすがに今回は市民たちが気の毒になっちまったよ。」
「でもさ、嘘がない世界って、ちょっと羨ましくない?」
「……なぁ神様。あそこの住民たちに少しだけ手を差し伸べてやってくれないかな?」
「ふふふ……私を誰だと思っているのさ。最低限の精神抑制と復興支援はすでにしておいたよ。」
白井はうつむき、静かに笑った。
神様は自慢げにコーヒーをすすっている。
静かなオフィスに、コーヒーの香りだけが漂っていた。
──現実補正係、苦労もしつつ稼働中。
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