第13話 秩序都市アルカ(前)
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神界オフィス。
神がマグカップを片手に、ホログラムの報告書を眺めていた。
「白井くん、ちょっと面倒なのがあるんだよねぇ。」
「“ちょっと”って時点で面倒確定だろ。」
「“正義の街”って呼ばれてるらしい。」
「……タイトルからして嫌な予感しかしねぇな。」
「都市全体が完璧な秩序で管理されてる。犯罪率ゼロ、幸福度100%。」
「また100%か。ろくなことにならねぇ。」
「市長がチート持ちらしいんだけど、詳細が不明でさ。」
「お前が知らねぇって珍しいな。」
「私が不在中に生まれたチートっぽい。データベースに情報がないんだ。」
「……つまり“説明書なしの爆弾処理”か。」
「白井くんならできるって信じてるよ?」
「信じてるって言葉、便利だな。」
白井はため息をつき、コートを羽織った。
「ミカ、準備。」
「はい。目的地:秩序都市アルカ。」
「……秩序都市ねぇ。名前からして息苦しそうだ。」
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転移ゲートを抜けた瞬間、
空気の“きれいすぎる”匂いが鼻を刺した。
灰色の建物が整然と並び、同じ服を着た人々が同じ方向に歩いていく。
「……ゴミ一つないな。」
「清潔度指数100%です。」
壁には巨大な標語。
《真実こそ秩序》《嘘は罪》
子どもたちが声をそろえて唱和していた。
「真実は正義、秩序は幸福」
祈りにも似た単調なリズム。
「学校か?」
「はい。“真実の儀”と呼ばれる日課のようです。」
「名前がもう怖いよ」
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広場を抜ける途中、白井は違和感を覚えた。
通りすぎる人々の顔――笑顔の角度が、どれも同じだった。
「ミカ、録画して比較。」
「完了。口角の上がり角度、平均値37.2度。誤差5.2。」
「……人間がここまで揃うわけねぇ。」
ミカの瞳が光を帯びる。
「チート反応、検出……ですが、構造未解析。」
「未解析?」
「神不在期間中に発生した個体と思われます。データベースに情報がありません。
現地観測による解析が必要です。」
「つまり、現場で仕組みを暴けってことか。」
「はい。解析には時間を要します。」
「上等だ。現場勘で補う。」
白井は人波を避け、裏通りへと入った。
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路地裏で、ひとりの老女がうずくまっていた。
「……あなた、外の人?」
「まぁ、そんなとこだ。」
「ここでは、『嘘』をついちゃいけないの。」
「嘘をつくとどうなる?」
老女は震える指で口を押さえた。
「“消える”のよ。」
その瞳は、恐怖を通り越して虚無だった。
白井は黙って煙草を咥える。
「なるほど。“正義の街”ね。」
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再び表通りへ戻ると、黒い球体が空中に浮かんでいるのが見えた。
街全体をスキャンしているようだ。
「ミカ、あれがチートの本体か?」
「不明です。監視系と推定されますが、解析不能領域を含みます。」
「監視、ねぇ……。神界といい勝負だな。」
白井は試しに指を鳴らし呟いた。
「──現実補正。」
何も起きない。
空気が一瞬だけ揺らぎ、すぐに静まった。
「……不発か。」
「理解が成立していません。対象の構造情報が欠落しています。」
「つまり、“理解できてないチート”は補正できないってわけか。」
「その認識で大筋合っています。
ただ、理解できていなくても、白井さん自身はリアリティチェックの効果でチートの影響を大きく受けることはありません。」
「この能力、痒いところに手が届いてないよな」
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白井は歩きながら考えた。
「全員が同じ動きをし、同じ言葉を話し、嘘をつけない。
けど洗脳でもない。監視でもない。……じゃあ、“記録”か?」
「ミカ、街の通信ログを出せるか?」
「はい、解析中……膨大です。市民全員の発言・行動が同一回線上に送信されています。」
「送り先は?」
「庁舎上部の黒球体。」
「じゃああれが、真実の倉庫ってわけだ。」
白井はふと、街角に放置された帳簿を見つけた。
古びた紙、ページの一部が焼け落ちている。
「記録媒体……アナログとは珍しいな。」
「照合します。データと一致――いえ、該当項目が存在しません。」
「……つまり、現実に起きたはずのことが、記録上“存在しない”ってことか。」
風が吹き抜け、白井のコートが揺れた。
「ミカ。結論を出すのはまだ早いが、俺の予想ではこうだ。
この街は、“真実を記録する”スキルで守られてるんじゃない。
“都合の悪い真実を、最初から記録しない”ことで成り立ってる。」
ミカ:「その仮説、整合率84%。」
白井:「上出来だ。”都合の悪い真実”を、嘘と認識して消している。
……うまいやり方だよ、まったく。」
彼は口の端を上げた。
「“存在しなかったことにする”のが、一番穏やかな解決ってことだ。」
庁舎の塔を見上げる。
黒球が街を見下ろし、全てを記録している。
「よし、次は持ち主に話を聞こう。」
「ミカ、監査データを回収。俺は市長と面談する。」
「了解。バックアップ稼働。」
白井はコートの襟を立て、静かに歩き出した。
──秩序都市アルカ。
“正義”の皮をかぶった街の中心へ。
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つづく
通常回だけど回またぎです。
全然1話完結じゃなくてごめんなさい。




